ep-03 イケメン王子はビキニ鎧がお好き?(後編)


フィリアン達のいる〝女神ベルタス神殿〟から地上まで――百階以上。


その道程は、最短ルートでも足掛け三日はかかる。


ちょっとした冒険旅行だ。


「……では、行こうか、フィリアン殿」


そう言ってヴァルディニア王国王子、レドリックは儀仗剣を腰に差し立ち上がった。


「おっと、その前に…………」


レドリックは首に巻いたスカーフをシュルリと解き、自らの両目に当てて縛る。


それは……目隠しだった。


「お、王子様、何を……」


「……気づいていた。あなたが私の視線をひどく意識していることに。だから、あなたの尊厳を守り、恥じ入らずに済むよう、私はこうして目隠しをさせてもらおう」


「王子様…………」


フィリアンは彼のその配慮に強く胸を打たれる。


男の人は女性の裸を見たくて見たくてたまらないのが普通だと思ってた。


だから、(ほぼ)全裸の今の私なんて、一緒にいたら、全身ジロジロ舐めるように見回すのが当たり前…………いわゆる視姦。


しかし、この人は……違う。


彼は羞恥に耐える私を慮り、そして強い意志で自らを律し、守ろうとしてくれる。


なんて紳士的で、真摯で、高潔な人…………。


トクン……とフィリアンの胸が、ときめく。


「……では、行こうか、フィリアン殿」


目隠しした彼が歩き出す。


「ぐはっ!」


数歩進むと盛大に躓いた。ごろんごろんと転がって倒れこむ。


「し、しまった! これは……何も……みえないっ!」


……この人……もしかして、ちょっと……おバカ?


けれどその泥だらけの顔もまた、フィリアンにはどうしようもなく愛おしく思えた。


「大丈夫です、道中は私が手を引きますから」


フィリアンは笑って、そう答えた。



   ◇ ◇ ◇



途中、幾度も魔物の群れが現れたが、絶対鎧の恩恵を受けたフィリアンの敵ではなかった。


低層階の雑魚敵など、剣を抜いて切り結ぶまでもない。


全ての刃が届かず、全ての魔法が跳ね返り、全ての敵がフィリアンに触れた瞬間、黄金の光に呑まれ消えていった。


王子は、目隠しの奥から、音だけでそれを感じ、ぽつりと言った。


「……フィリアン殿、あなたは、強いのですね」


フィリアンは思わず苦笑した。


「……でも、マッパですけどね」


そうして何事もなく、三日目の夜――ついに地上まであと少し。


二人は地下十五層――〝海賊の砦バッカニアーズ・デン〟に足を踏み入れた。


ここはダンジョン内にある大沼沢地。


月明かりも届かぬ漆黒の世界に、沼の水面だけが不気味に蠢いていた。


「ここでは……あまり物音や大声は立てないでください」


「どうして?」


「沼には……〝モート〟という名の主がいます。超バカでかい……ウミヘビの化け物です。あれ? ウナギだっけかな?……とにかく、襲われるとちょっと厄介です。できれば戦いたくない」


「わかった」


二人は慎重に沼の浅瀬に渡る橋を伝い、飛び地の砂地に野営を貼った。


向き合って、焚火を囲む。


「私は……このまま王宮に帰ってもいいのだろうか……?」


ふと、王子が呟いた。


「実は……私には、帰るべき場所が本当にあるのか、わからないのです」


炎の赤い光に照らされる横顔は、どこか虚しく、哀しみに濡れていた。


「……どういうことですか?」


フィリアンの問いに、レドリックは悲しそうに苦笑する。


「私は第二王子というものの、実は正妃の子ではなく、身分の低い側室の子なのです。だから王宮の中では誰の後ろ盾もなく、ほぼ孤立しています」


焚火に枝をくべながら、レドリックが告白する。


「今は幸い、王位継承権第一位である兄上が健在のため、私は平和に暮らせます。が……兄にもし何かあったら、私が王位を継ぐことになる」


「嫌なのですか?」


「いえ、きっと私が王位を継ぐことになったら、次の朝を待たず、私は暗殺されるでしょう……王宮とは、そういう場所なのです」


「………………」


「私を必要とする者など、この国には一人もいないのかもしれない……」


王宮では決して口にできないであろう、レドリックの心の底からの悲痛な吐露。


フィリアンは、ゆっくりとその言葉を噛みしめるように聞いていた。


「……私も、似てるかもしれません」


「え?」


「私も、街には戻れなくて。こんな姿で……誰も必要としてくれなくて。だから……こうしてここにいるんです」


「フィリアン殿……」


二人はしばらく、火のはぜる音だけを聞いていた。


フィリアンはそっと王子の手を取った。


彼の手は、意外に細く、冷たかった。


「王子様……」


フィリアンは、震える声で言った。


そして立ち上がり、目隠しをする王子の前に仁王立ちになる。


「目隠しを……外してくださいますか……?」


「えっ?」


戸惑うレドリック。


「目隠しを……外して。見てほしいの」


フィリアンは、顔を真っ赤にして……そう言った。


普段は手で隠している、胸や股間も……今は隠さない。


フィリアンは直立不動で、裸体――自らの全てを目の前にいるイケメン王子に晒し出した。


だって……見て欲しいから。


私は……この人が好き。


最初は玉の輿とか……完全な下心だったけど……今は、違う。


この人は、私を見てくれる。


私の裸ではなく、その中身を……。


だから……私、この人なら……


この人になら……私の………………全てを…………。


「……………………」


王子がゆっくりと、布に手をかける。


その一瞬の彼の息遣いに、フィリアンの鼓動が高鳴る。


「あっ………………」


焚火の光が揺れ、二人の距離が近づく。


恥ずかしい。


だけど、嬉しくて――


どうしようもなくて――


ああ、レドリック……様――。


「殿下ーーーーーっ!!!!!」


そのとき突如、夜の静寂を破る叫び声が響いた。


フィリアンがギクリと息を呑む。


遠くの沼の対岸に、松明の光が幾つも揺れていた。


「殿下ー! ご無事ですかーっ!」


王子が目隠しを取って、立ち上がり、両手を振った。


「救助隊だ! おーい! ここだっ!!!」


そして大声を出す。


あっ、駄目っ! ここで大声を出したら――


ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ――


「モートだ!!」


暗黒の水面が割れ、巨大なヌメヌメとした沼の主が姿を現す。


デカい――!


モートは救助隊をターゲットに決め、長くしなやかな尾を鞭のようにしならせる。


ドカン!


「っ……!」


一瞬で、救助隊の数人が吹き飛ばされる。


戦闘にいた近衛隊長も壁に叩きつけられた。


「アレックス!!」


王子が叫ぶ。


フィリアンは剣を抜く。


黄金の光が爆ぜ、彼女は沼地を駆け抜けた。


「……いい加減にしてよっ! いいところだったんだからっ!!!」


グギャャアアアアアアアアッ!!


巨大なモートが絶叫し、轟音が鳴り響く。


その首に剣が深々と食い込み、地響きを立てて沈んでいった。


沼は、また静寂を取り戻した。


「ふぅ……」


「……ありがとう、フィリアン殿……あなたは……命の恩人だ!」


王子が彼女へと駆け寄る。


「王子様っ!」


フィリアンは反射的に、両手を広げて彼を受け入れるポーズをする。


ついに……感動のラストシーン!


二人は抱きつき、熱い抱擁――そして――


「………………あれ?」


フィリアンの脇を、王子が駆け抜ける。


つまりフィリアン、華麗にスルー。


「アレックス! 大丈夫か!? 無事でよかった……!」


「……え?」


「殿下! ご無事でっ!」


「えっ?」


王子は近衛隊長と、ガシッと抱擁を交わす。


「ああ、アレックス、お前の身に何かあったら……私は……私は……」


「それは私の言葉でございます……! ああ、殿下! いとしい我が君!」


「えっえっ?」


不意に、アレックスと呼ばれた近衛隊長の兜が外れ、黒髪がふわりとこぼれる。


その顔は、凛々しく、美しい、女性のものだった。


「殿下……」


「アレックス……いや、アレクサンドラ……」


二人は互いに見つめ合い、そしてゆっくりと……唇を重ねた。


「ええええええええっ!!?」


フィリアンは、しばらく、そこに立ち尽くした。


胸の奥が、ぎゅうっと痛む。


あ、コレはアレだ。


そうそう、例の……アレ…………。


失恋。


「フィリアン殿、是非、あなたにも紹介させてくれ、私の許嫁……アレックスだ。って……あれ?」


振り返るレドリック。


しかしエロビキニアーマー女戦士は、もうそこにはいなかった。


彼女のプリンと弾む形のいい胸と尻は、沼の闇の中に消えていた――



   ◇ ◇ ◇




数週間後――王都の鐘が高らかに鳴り響いた。


それは、ヴァルディニア王国第二王子レドリックと、近衛隊長アレクサンドラの婚礼の式典を祝う鐘だった。


「ふええええええええん……っ……」


ダンジョンの奥で、フィリアンは震えながら泣いていた。


焚火の赤い残り火が、静かにゆらめく。


「私……私…………けっこう本気だったのにいいいいいっ……」


「装着者の精神状態を確認:生殖目的の雄体の捕獲に失敗、反省点多し」


「うるさい、このクソ鎧っ! 一番の反省点はお前じゃっ!」


フィリアンがキレる。


「こんな……こんなエロアーマーを着てるから、私は……まともな恋愛ができないのよっ! こんなものっ! こうしてやるっ!」


フィリアンは自分の尻の割れ目に張り付く、I字になった紐状の鎧をおもいっきり引っ張る。


「いででででででででででっ! 食い込む! 食い込むっ!!」


「無駄だ」


「このやろおおおおおおおおおお!!」


今日もまた、迷宮の闇に、乙女の絶叫が溶けていった。



          ――一旦、完結。



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最強だけどほぼ全裸の絶対防御鎧で今日もダンジョンに引きこもる 明日川アソブ @asukawa_asobu

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