【第14話】生徒会長、リベンジ告白チャレンジの件



 ある昼休み、つばきが珍しく自分から話しかけてきた。


「相沢くん……お時間、ありますか?」


「うん、ちょうど食べ終わったとこ」


「よ、よろしければ……屋上に、ご一緒していただけませんか?」


 食堂のざわめきを背に、つばきに連れられて屋上へ向かう。


 春の日差しが、まだ少し肌寒い風と一緒に吹き抜ける。


「ここ、気持ちいいよね」


「はい。風が心地よくて……よく、一人で来ているのです」


 しばし沈黙。風の音だけが流れる。


 ──と、つばきが急に姿勢を正した。


「相沢くん。あの……以前、練習した“あれ”、覚えていらっしゃいますか?」


「“あれ”? ああ、告白の練習?」


「はい……っ!」


 彼女は深くうなずいた。


「実は、あれからも、一人でたくさん練習を重ねてきました」


「へぇ、真面目だなあ」


「……今日は、ちゃんと、本番として言いたくて」


 つばきはポケットから何かを取り出した。手のひらサイズのカードのようなもの。


「これは?」


「台本ですっ」


「台本……?」


「はい。どもったり、噛んだりしないように、セリフを書いてきましたっ!」


 その真剣な顔に、俺は思わず笑ってしまった。


「笑わないでくださいっ。これは、わたくしの真剣な挑戦なのですから……っ」


「ごめんごめん。でも……そこまで本気で練習するなんて、なんか、嬉しいよ」


 つばきは深呼吸を一つ。


「では、いきます……」


 彼女はカードを持つ手を少し震わせながら、真っ直ぐに俺を見た。


「相沢くん……わたくし、水瀬つばきは……あなたのことが、好きです!」


 その言葉は、以前よりもずっとはっきりしていて──


 噛みもしなければ、震えも少なかった。


「……つばきさん」


「は、はいっ……!」


「今のって、練習じゃなくて……“本番”なんだよね?」


「っ……は、はいっ!」


 つばきは両手で制服のスカートをぎゅっと握りしめていた。


 ──俺は、少しだけ言葉を飲んで、彼女の真剣な表情を見つめた。


「……ありがとう。すごく、ちゃんと伝わったよ」


 俺がそう返すと、つばきの肩がふっと緩んだ。


「本当に……? 噛まずに言えていましたか?」


「ああ。しっかり、はっきり、まっすぐだった」


 つばきは胸に手を当てて、ほっとしたように息をつく。


「……練習した甲斐がありました」


「それって、“練習の成果”ってこと?」


「い、いえっ! いまのは、練習ではなくっ……っ、ええと……」


 言いながら、目を泳がせている。


 ──でも、その顔は、どこか嬉しそうだった。


「ごめんなさい……まだ、上手には伝えられません。でも……わたくし、本気です」


「うん。それは、すごく伝わったよ」


 俺がそう答えると、つばきはほんの少し照れくさそうにうつむいた。


 しばらく風の音だけが流れる屋上で、ふたりは沈黙する。


「では……これで、失礼します」


「えっ、もう?」


「はい。これ以上一緒にいたら……きっと、わたくし、余計なことまで言ってしまいそうですから」


 そう言って、つばきは一礼して屋上をあとにした。


 ──背筋をぴんと伸ばして歩く彼女の背中が、いつもより少しだけ頼もしく見えた。


 教室に戻ると、ひなたとリサがこっちを見ていた。


「おっかえりー。つばきっちと、なんの話してたの〜?」


「うーん……ちょっと、大事な話?」


「ふぅーん……ま、いーけどさ」


 ひなたは何か言いたげにニヤッと笑い、リサはじっとこちらを見ていた。


 ──いろんな気持ちが、少しずつ動き出してる。


 そう思いながら、俺は席に戻った。

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