35 暗殺者の本領(ルシア視点)

「はあああっ!」


 ゼノヴィアが斬りかかってくる。


「――鈍いっ」


 ルシアはしなやかな身のこなしでそれをかわした。


「どっちが――【ソーンバインド】!」


 ゼノヴィアが魔法を発動すると、ルシアの周囲に無数の茨が生えてきた。


「くっ……」


 どうやらゼノヴィアは、魔法と剣術のコンビネーション――魔法剣士スタイルを得意としているらしい。


 ルシアはそれでも人間をはるかに超える反射神経と体術で、茨を避けていく。


「体勢が崩れたわよ!」


 狙いすましたようにゼノヴィアが連撃を放った。


「こ、このっ……」


 ルシアは懸命に応戦するものの、剣の腕は向こうが上回り、こちらの強みであるスピードと身のこなしも【ソーンバインド】によって削がれている。


 あっという間に追い込まれ、ルシアは壁際まで追い詰められた。


「逃げ場がなくなったわね、獣人さん」


 ゼノヴィアがニヤリと笑う。


「あなたの敗因を教えてあげましょうか? 動きが鈍ったうえに、そんなにあからさまな殺気を向けられたら、攻撃のタイミングも丸わかりなのよ」

「殺気……」

「攻撃の気配がこっちに伝わってくるから、あたしはそれを察知して迎撃するだけ――一対一の戦いには向いてないわね、あなた」

「殺気……攻撃の気配が、丸わかり……そっか」


 ジルダと戦った時も、そうだった。


 様々な手を講じたが、結局のところ彼は自分の殺気を感じ取り、あっさりと【カウンター】を発動できたのだ。


「じゃあね!」


 ゼノヴィアがとどめを刺そうと迫る。


「つまり――こういうことか」


 刹那、ゼノヴィアの動きが鈍った。


「えっ……!?」


 戸惑ったような声を上げるダークエルフ。


「殺気が消えた――攻撃の気配が読めない!?」

「殺気を放つ必要なんてなかった。気配さえ読ませなければ、あたしは確実にお前を殺すことができる……格下のお前に殺気は必要ない」


 一瞬にして、ルシアはゼノヴィアの背後に回り込んでいた。


 相手は格下――そう強く自分に言い聞かせることで『殺気など持たなくても、簡単に殺せる相手』だと認識する。


「つまり殺気なんてなくても、お前を殺せるってわけ」


 ごんっ……。


 ルシアの一撃がゼノヴィアの後頭部に加えられ、彼女は昏倒した。


「ま、お前は生き証人になってもらった方がよさそうだからね。今回は殺さずに捕縛するよ」




 ゼノヴィアを捕縛した後は、フォバル伯爵を捕らえるだけだった。


 王都に連絡し、護送の手はずを整えたところでルシアの任務は終わりである。


 彼がおこなっていた非合法の人身売買については、王都で裁かれるだろう。


 だが、それはルシアの仕事ではないし、関与したいとも思わない。


 自分はただ依頼を果たすだけ。


 裏社会での出来事を裁くための『力』として、同じ裏社会の人間である自分が刃を振るう――。


 それはジルダやレナたちよりも、自分にこそ向いている仕事だと思うから。


 彼らにできないことをやっていると思うと、少し誇らしく思えた。


 翌日、すぐに王都に戻るとジルダと会った。


「おかえり、ルシア。いい仕事をしてくれた、ってさっきカミーラが言ってたぞ」


 ジルダが微笑む。


「あたしは一流だからね。これくらいの仕事は朝飯前よ」

「はは、頼もしいな」


 ジルダは笑いながら、


「でも、単独潜入みたいな任務だったんだろ? 無事でよかったよ」

「……もしかして心配してくれてたとか?」

「当たり前だろ。仲間だし、友だちなんだから」

「友だち……」


 その言葉にルシアは思わず息を止めた。


 不意打ちのように放たれたその言葉が――。


 ルシアの胸に温かな気持ちを灯していた。


「べ、別に友だちじゃないし」

「えっ、違うのか!? 冷たい奴だな」

「う、うるさいな。お前はあたしにとって標的よ。いつか殺してやるんだから」

「物騒だなぁ……」


 ジルダが苦笑する。


「あ、もしかして照れ隠しなのか?」

「ち、ち、ち、違うからっっっ!」


 叫びながら、ルシアは自分の頬が熱くなるのを感じていた。


 そう、照れ隠しなどではない。


 彼からかけられた言葉が嬉しかった……など、錯覚のはずだ。


 ルシアは我知らずドギマギしながら、心の中で自分に言い聞かせるのだった。






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