Scene16:駒
チャイムが鳴っても、生徒の数はまばらだった。
欠席の理由すら、誰も話題にしない。
それどころか――「最初からいなかった」かのような空気が、教室を覆っていた。
「なあ翠。俺らって本当にいい仲間だな」
結人が笑いながら、隣に座る翠の肩を軽く叩く。
「このままずっと、3人でいようぜ」
「ああ」
一浩も、相槌を打つように頷いた。
翠はその笑顔に曖昧に微笑み返しながら、胸の奥がざらつくのを感じていた。
その時――
スマホが小さく震えた。
《Kaleido:今日のアイテム:銀の鍵》
画面を見つめる指先が、わずかに震える。
「……っ」
誰にも気づかれぬまま、教室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、和真だった。
けれど――誰も、振り返らない。
「……っ……」
和真は、ゆっくりと自分の席へ歩いていく。
教科書を開き、静かに、何事もなかったかのように窓の外を見る。
(……いる。そこに、いるのに)
蓮の顔が青ざめる。
(あれは……あれ、本当に和真か? でも……おかしい……)
カーテンが揺れた。
その隙間から覗いた横顔は、まるで幻影のように色彩が淡く、存在の輪郭が曖昧だった。
翠が、和真を見つめる。
和真の唇が、無音で動いた。
「――おいで」
翠の足が、勝手に動いていた。
席を立ち、教室を出る。
和真が前を歩き、翠がその背中を追う。
ふたりのあいだに、言葉はない。
ただ、静寂が付きまとう。
(……大きい背中。……こんなにも、近くて、遠い)
*
静かな水面。
室内プールの天井から降り注ぐ照明が、水面に微かに揺れていた。
そこにいたのは――鳳城高人。
プールサイドのベンチに腰を下ろし、ジュースを飲みながら不敵に笑っていた。
「……ほんと、嫌になるよね。翠くん」
鳳城は、そう言って空を仰いだ。
和真は無言で、鳳城の背後へと回る。
「そんなに大事? それとも……」
鳳城は和真の胸元――心臓を指さした。
「……和真はね、僕の命令をなんでも聞くよ。どうする?」
翠は、無言でその様子を見つめていた。
(おい、翠……あいつが黒幕かよ……俺に命令してくれよ。噛みちぎってやる!)
蓮の声が、心の奥で叫ぶ。怒りと焦りに満ちていた。
鳳城はそれを見透かしたように、飲みかけのジュースを翠の足元に投げ捨てた。
足元で零れたジュースは、さっきの和真の血だまりと混ざるように滲んでいく。
そして――
鳳城がふと手を伸ばし、和真の胸元のシャツを掴んで――無造作に引き裂いた。
「……っ」
驚いた翠の視線の先、露わになった肌には、黒い羽根のような染みが浮かんでいた。
まるで、墨で描いた鴉の翼が、首元から心臓に向かって張りついているように。
次の瞬間、鳳城はポケットからナイフを取り出し、和真の手にそっと持たせた。
「……いいよ。やってみて」
和真は、何の迷いもなくその刃を――自分の胸元へと向けた。
シュッ。
ナイフが、皮膚に深く入り込む。真紅の血がゆっくりと滲んだ。
翠の目が、揺れた。
「おっと、そちらの子は――」
鳳城がにやりと笑ってこちらを見た。
「……かなり、いきり立ってるけど?」
俺は思わず息を呑む。
はっきりと“俺の方”を見ていた。翠の中の、俺に。
(……お前、見えてんのかよ……!)
「くく……だって、わかるよ。ねえ、僕も“普通”じゃないって、もう知ってるでしょ?」
(……こいつ、最初から……!)
胸の奥が煮えくり返る。
「お前!! 和真を返せっ!」
怒鳴り声は、翠の唇を借りずとも、空間に響き渡った気がした。
それほどまでに、俺の“魂”が騒いでいた。
その瞬間――ふっと視線がぶれる。
俺の右頬の印、鳥居の奥で光る眼がじっと蠢いていた。
鳳城がその気配を意識したように、少しだけ表情を引き締めた。
これはもう、ただの口約束や脅し合いの次元じゃない。
――盤上の駒が揃い始めてる。
そう、はっきりと分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます