Scene13:カラス
もう、どれくらい時間が経つのか。
俺と翠は古い文献から手がかり探っていた。
紙が擦れる音が鳴りやまない。部屋中に散乱した文献を捲るたびに背筋が凍り付く感覚に襲われる。
古より受け継がれてきた物語のなかに、様々な霊や物の怪のことが記されていた。
そのなかにはかの昔、中国より飛来し日本を危機に陥れた九狐。別名、玉藻前。
美しい姿で時の皇帝を意のままに操った。
災いを招き、恐怖と死に酔いしれていた。その後、忽然と姿を消した。
再び、九狐が現れた時、安倍晴明は霊力で抑え込んだ。
それが、できたのは安倍晴明自身が狐から生まれたからだ。。と、記されていた。
描かれていた少年の姿はまさに、翠そのものだった。
翠も漣の存在を認めたことにより、変化が始まっていた。
「ここみて、和真。」
ページを見開き、指をさした。
大きなカラスが生首を持ち上げて運んでいる絵図が描かれていた。
「魂の再生 ……。人間の身体を積み上げて儀式となる。カラスの目的はこれか!」
「うん、そうだと思う。昨日から、身体のなかで漣が感じられないんだ。今までとは違う。
なんだか、狐がギラギラと僕のなかから外の世界を覗いているような感じがして。
ゾクゾクする。」
「漣に何かがおこっているのか?」翠の顔を覗き込んだその時。
翠の瞳がギラリと光った。それは狐の眼だ。
俺は嫌な予感がした。漣の意識を呼び起さないといけない。
「今から翠は眠るけど、大丈夫だから。俺が漣を探してくる。」
俺は胸の前で両手を開いて差し出した。
えっ。少し驚いた声を出したが翠は躊躇うこともなく手を重ねてた。
「ゆっくり眼を閉じて。身体の力を抜くんだ。そう、上手だよ。翠。」
優しく翠の手を握りしめた。自分の方に翠の身体を引き寄せて抱きしめた。
俺はゆっくりと同調するように意識を翠に重ねていった。
チリーン・チリーン
翠の意識のなかで和真を誘うように鈴の音が幾重にも鳴り響いてた。
翠のなかは温かく薄い水色が広がっていた。
「漣!漣。どこだ!」俺の声が重複していた。
辺りを見渡しても漣の姿は見えない
―― 一体、何処にいるんだ。――
俺は更に奥へ奥へと意識を沈めていく。
突然、カラス群れが飛び回っている光景が浮かぶ。
カァーーーーカァーーーー
口々に大声を張り上げている。
「なっ、なぜ。翠のなかにカラスがいる。」
俺は咄嗟に翠のなかから抜け出そうとした。
「和真 ……?」
カラスの群れを割ってゆっくりと漣が瞼を擦りながら出てきた。
「おい、漣。どうなっているんだ。これは!」
漣の肩を掴み、怒声を上げていた。
「なにって……なにが。えっ……なにこれ?」
頭上のカラスを見上げて漣は呆気にとられていた。
本当に今まで寝ていたようだった。
「漣は知らないということになれば ……狐のしわざか!」
チリーン・チリーン
「今、翠は寝かせてる。だから、漣。お前が出てこい。話したいことがある。」
漣は頷いた。と、同時に抱きかかえていた身体がピクリと動いた。
俺は意識を戻し、翠の顔を覗き込んだ。
間違いなく漣だ。右頬に鳥居が浮かんでいる。
「漣だな。」
「うん。」俺を見返している瞳には翠にはない力強さが宿っていた。
「この鈴は見覚えあるか?」翠が拾った鈴を漣の前に差し出した。
漣は鈴を凝視していた。
「知ってる。この鈴がカラスを呼んでいるんだ。翠の身体のなかにも鳴り響いていた。」
「カラスが呼ばれてるって。」
「そう…カラスはこの鈴を持った人間の魂を集めている。」
「何故 ……いや、そうか。それで復活の儀式を行おうとしてるんだな。」
「うん。そのことに気がついて。翠に知らせようとしたら、狐に眠らされた。和真が起こしに来なかったら俺はそのままずっと眠ったままだった。」
俺は薄々狐の気配を感じていたが、確信はなかった。
まさか、翠のなかから仕掛けていたとは。
傍にいながら気づけなかった不甲斐なさを後悔していた。
「和真。とうとう蛇の巫女になったんだ。」
漣の言葉にぎょっとした。
―― どこまで知っているんだ ―― まさか ――
「狐は …。」と言いかけて漣が口を閉ざした。
ぐちゃっとした滑りが首元に絡み付いた。
「ほぅ…。あの時の蛇か!まだ、生きていたとはククク。これは面白い。我に逆らおうというのか。愚か者め。」
右頬の鳥居の間から滑りを帯びた赤い舌が俺の首を舐めいた。
「狐か!お前がカラスを操っていたのか!漣はどうした。」
俺は力を込めて翠の身体を揺さぶっていた。
「漣は俺のものだ。カラスは馬鹿だからな……ククク……お前こそなんだ。
翠と漣がこうなったのもお前らのせいではないか……ククク……本当に愉快だ。」
俺は背筋が凍った。激しい後悔と自責の念が一気に襲いかかってくる。
同時にふたりに知られたくないと必死に自分自身に訴えた。
「美しい偽善ではないか。愚かで美しい……ククク。」
狐の嘲笑う声。
鳥居の内から大きな赤い目がこちらを見据えていた。
その瞳は赤く赤く……底が見えない暗闇に繋がっているように見えた。
ドンと腕のなかで翠の身体が跳ね上がった。
「和真。分かったよ。」真っ直ぐ見開かれた眼。
―― 漣? 翠?――
俺は戸惑った。ふたりとは違う別の顔に感じた。
「和真が眠れせてくれたおかげで、色々見えてきた。カラスが口々に叫んでいた。
奴らは由奈の純粋な魂に目をつけたんだ。」
「カラスの言葉が分かるのか!」
「分かる。なんだろう、今なら聞える。由奈を捧げろ!魂を運べって。」
「そして、狐は漣を宿にしようとしている。由奈が危ない!!」
俺たちは、顔を見合わせた。
つながった線が、はっきりと見えた瞬間だった――。
それは、全てを繋ぐ“答え”ではなく、全てをほどく“始まり”だった。
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