Scene11:文献
少し落ち着きを取り戻した僕たちは、和真が取り出した文献を広げていた。
それは、彼の実家――確か神社に縁のある家系から譲り受けたものだという。
かなりの年代物らしく、紙はしっとりと湿気を含み、どこか埃とカビが混ざったような匂いがした。
表紙には墨で書かれた題目があり、所々に虫食いの跡や、紙の端が擦り切れている部分も見えた。
「ここを見てほしい」
和真が印をつけていたページを開くと、筆文字で丁寧に書かれた文とともに、絵図が描かれていた。
一羽のカラスと、一匹の狐。その間に、燃え盛るような炎と、転げ落ちる人影のようなもの――。
「……なんて書いてあるの?」
筆跡は癖が強く、僕にはとても解読できそうになかった。
和真はしばし黙読し、ゆっくりと読み上げてくれた。
「“カラスは魂を集め、儀式の媒体となり復活の兆しを示す”……
“狐は未練ある存在を依代とし、現世への顕現を果たす”って書いてある。そう解釈できる」
「……狐って……漣のこと、狙ってるってこと?」
その瞬間――
チリーン……チリーン……
触れてもいないのに、僕のポケットに入れていたはずの鈴が小さく鳴り始めた。
ゾクッと背筋を這うような悪寒が走る。
その直後、カーテンの裾がふわりと揺れ、部屋にこもっていた空気がかき混ぜられた。
ぱら、ぱら、ぱら――
風にあおられるように、文献のページが捲れていく。
やがて、自然と止まったそのページには――
一人の少年の姿が、淡い墨絵で描かれていた。
透けるような衣をまとい、どこか神秘的で、儚い雰囲気を漂わせている。
その顔は――まるで、僕自身のようだった。
―― 翠 ――
その下に、そう記されていた。
和真が、誰にともなく小さくつぶやいた。
「……まさか……再来の予兆なのか」
その言葉の意味は、まだ僕にはうまく掴めなかった。
けれど、文献の中に描かれた墨の少年の姿が、僕自身と重なって見えたとき――
夢で見た記憶、祠の匂い、黒アゲハの導き、狐の笑い声……
そのすべてが、無関係じゃなかったと直感的にわかった。
心の奥で、何かが静かに結びついた気がした。
「……何か、本当にやばいことが起きようとしてる。間違いない」
和真の言葉に、僕は小さく頷いた。
今ならはっきりわかる。何かが、もう始まってしまっている――
そして、その中心には、僕がいるのだということも。
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