16 コワくても、救えるなら

「あ、コード正しく打ててない。ほら、ちゃんと画面見て〜」

「う、うるさい! じゃあルッテが操作してっ!」

「それじゃここねの成長にならないじゃん」

「成長も何も……コワいものはコワいもん!」


 電車とバスがコワくて、火傷で倒れて、「ことリテ」の二人に捕まって。

 過酷すぎた土曜日の翌日。わたしは自分の部屋にて、さらに苦しんでます。


 病院炎上あの時、動きを止めた早苗ちゃんのとなりに置いてきた手提げバッグ。 

 真波くんたちに捕まって回収できなかったから、財布の中に入れてたGPS(場所を教えてくれる装置)のコードをれっまるに打ち込んで、場所を知ることになったんだけど……


「っ、ひゃああ!!」

「うーん、使い慣れってことはないか」


 お役目の時でさえ、スマホがコワいのに普通に触れれるワケがない。

 画面を直視するたびに泣きそうになるわたしに、ルッテはやれやれと呟く。


「ここねはって思っちゃうんだ。便利さを知れば、恐怖値は減るはずだよ」

「うぅ……そうかもしれないけど」


 はやく打ち込め! はやく打ち終われー


 わたしはゆっくりな手を呪いながら、命がけでスマホを操作した。



◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯



「場所特定お疲れさま。ふーん、その辺にあるのねー」


 バックの場所がスマホに写し出されて、ルッテは画面を覗き込む。


 はぁ〜もう、今日はお役目があってもゼッタイムリ。

 相変わらず、スマホを見るのコワすぎるよー。


 でも……

 れっまるがなかったら、バックはすぐには見つけられなかったんだよね?

 その利便性を思えば、少しだけスマホを良いものだって認識したの。


「おれ、バック取ってきてあげる。じゃ」


 ルッテはそう言って、最初会った時みたいに屋根を渡っていなくなろうとしたから、


「ルッテ、いい加減教えて」


 強めの口調で、呼び止めることにした。


「……教えてって、何を?」

「とぼけないでよ! かつての仲間とか、急に消えることとか……聞きたいことは山ほどあるのっ!」


 つい声に怒りが混じって、後ろめたい気持ちになったけど、実際そうだから。ルッテはまだわたしにとって、不思議な男の子で変わりない。


「それに? わたしや真波くんたちと違ってルッテはことリテじゃないのに」

「……っ」


 不都合を突いたのか、ルッテは動揺してる。

 しばらく沈黙が続いて、なんだか悪い空気になった気がした。


「ほんとに、何も言ってくれないの? わたし、ルッテのこと全く知らずに……お役目続けないといけないの?」

「全てサラッっと伝えれるなら、おれだってそうしたい」


 ようやくの返答に、わたしは彼の目を見つめなおす。


「全部は答えられないよ。きっとここねが、ショックを受けるから」

「そんな……」 


 悲しかった。ここまでしてもルッテのこと、分からないなんて。

 でもひとつだけ、昨日動けていた謎には答えてくれた。



「時計アプリは、人間以外の生物には効かないんだ。ここね、そもそもこんな水色髪の子どもが人間って思ってた?」

「髪の色は、なんとなく違和感あったけど」


 ……「人間って思ってた?」って、その言い方じゃまるで……


「ルッテって、?」

「あぁ、その通り。ここははっきり回答しとく」


 でも、ゼンマーが敵なのも事実。おれは人間の味方。


 驚くわたしに、彼は静かにそれも付け加えた。



「じゃああとこれだけ、答えて」


 わたしの部屋から出ようとする彼を、もう一度だけ引き止める。


って、改めてだけど何なの?」


 このことは、最優先で聞きたかったの。今のままじゃ職業名を知らずに仕事をしてるようなものだから。


「……ここね自身で見つけてほしかったけど、仕方ないな」


 呆られながらも、これも教えてくれるみたい。


「『リテ』の方は検討はついてるでしょ」

「うん、『』の略でしょ」


 リテラシー。

 意味は、「特定の知識を正しく理解して、活用すること」。

 わたしの得意なこと、「知ってるいろんなことから、うまく情報を混ぜて生かす」に近い感じ。


 お役目の時、「りん」とか「アプリテラシー」って言わないといけないから、なんとなく分かったんだ。(真波くんは「カテゴリテラシー」も言ってたけ?)


「そう。そのリテラシーをの全てにできるもの。それが


 “事の全てに、リテラシー”

 その略が“ことリテ”。ウソはついてないって彼から感じた。



 けど……なんだろう、

 ことリテ、ことりテ……とり……?


―――ズキンッッ!!!


「ひゃあぁぁ!」


 突然、頭に経験したことないくらいの痛みが走って、伏せてしまう。

 痛い、それに頭の中が苦しい。


 あ……昔の記憶のせいだ。昔のわたしが、何か伝えたいんだって思った。


 痛みが消えて、何かを思い出して、一瞬で忘れる。

 ゆっくり顔を上げると、ルッテはわたしの部屋から消えていて、代わりに報酬りんごと写真が目の前にあった。



◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯



「あの『White2000』ってお絵かきアプリ。マジで使い心地よかった!」

「でしょでしょ! あれ簡単に色作れるしねー」

「ねー、どこかの『色マスター』さん仕事なくなちゃうなぁ」


 ことリテのとりあえずの意味を知った、翌日。

 ケラケラと女子の笑い声が響く、昼休みの教室。わたしは彼女たちの会話が耳に入らないように、お役目報酬の2枚目の写真と真剣に向き合ってた。


 昨日、頭痛の後に置いてあった写真。写ってたのは女の子で鳥を追いかけている。

 後ろ姿で顔は分からないけど、最初の報酬写真と同じ幼少期のわたしなんじゃないかな。


「な、なぁここね」


 机の目の前から男子の呼ぶ声が聞こえ、ビクッとする。

 おそるおそる顔を上げると……

 

「その、もし暇だったら……ついてきて」

「ヒナタくん……」



◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯



「ごめんな。こんなとこ呼び出して」

「ううん、平気。それで、どうしたの?」


 ヒナタくんに呼ばれて着いた場所は階段の踊り場。昼休み真っ最中で、人目は感じない。


 と、急に右腕を掴まれると、手の中に何かを入れてきたんだ!

 

「これ、渡したくてさ。ほ、ほら教室だと注目集めちゃうし!」

「え……!」


 慎重に右手を開いてみると……

 そこにはりんごの飾りがついた、ヘアピンがあったの!


「かわいい、つけてもいい?」

「もももも、もちろん!!」


 なぜかちょっと慌ててるヒナタくんの了承を得て、前髪にパチン! とつけてみた。窓ガラスに写るわたし自身を見る。


 自分でいうのもだけど、かなり似合ってる。すぐにお気に入りのヘアピンになった。


「あの、助けてくれたお礼……だから」

「先週の屋上の件のこと?」

「うん。あの時のこと、はっきりは思い出せないけどさ……ここねがいなかったら、俺はなんかにやられたままだった」


 ヒナタくんはうつむきながら、そして顔を赤くしながら言葉を続けた。


「だから改めて、ありがとう」


 パッと顔を上げてお礼を言ってくれたけど、「どういたしまして」って返した途端、また慌てて視線をずらしてた。


 やっぱり、ヒナタくんってわたしのこと……


「ちょ、ちょそんなに見つめるな! べ、別に俺ここねのこと、す」

「『す』?」

「い、いや何でもねぇ! 忘れて、なっ!」


 ヒナタくんの顔はヘアピンのりんごみたいに真っ赤。

 ふふ、わかりやすい子なんだからっ!!


 すると少しして「伝えたいことがある」って言ってきて。


 ……え、待ってまさかだけど……ってちょっと期待しちゃったけど。

 その内容を聞いた瞬間、わたしの顔から笑顔は消えた。


「隣のクラスの真波って男子が、ここねに用があるって」



◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯



 放課後、校舎一階の右端にある、誰も使っていない空き教室。

 そこへ入った途端、ヒナタくんの情報通り真波くんが待ち構えてて、昨日通り睨みつけてきた。


 ダメだ、今はコワがらず冷静に……

 殺気に近い睨みを受けながら、とりあえず口を開く。


「りーちゃんはいないんだね」

「小4の姿といえAIだからな。学校にいれない」


 あ、質問にはちゃんと答えてくれるんだ。と、少し気が緩んだ時、


「要望はただ一つ。赤スマホを渡せ」

「……」


 まだ敵みたいに思われてるんだなって再認識した。


 れっまるを渡す、それはつまりことリテをやめるってことだ。


「君のことはさらに調べた。スマホに恐怖を感じるんだって?」

「なんでそんなことまで」

「聞き込みすれば、相手の情報は理解できる。簡単なことだ」


 ことあるごとに、リテラシー。彼の情報収集力もきっと、ことリテとして特化してるんのかも。

 って、感心してる場合じゃない。


 わたしは、なんとか勇気を出して、反論する道を選んだ。


「無理、れっまるは渡さない」

「……は? 君にとってコワい物なんだろう? それに炎上ゼンマーにひとつも攻撃できてなかった。手放せば楽になれるのに」

「……たしかにスマホはコワいし、ことリテなんかやりたくない。けどね」


 ことリテなんて、ルッテの押しつけで。スマホがコワいからやりたくない気持ちは明らかに強いけど……


「わたしがことリテのお役目を受け入れたから、救えた命だってあるんだよ」


 さっき、あんな笑顔を見せてくれたヒナタくんも、土曜に会った早苗ちゃんも。

 わたしがお役目をしてなかったら、地図アプリで瞬間移動してなかったら……きっと助かってなかった。


 真波くんとりーちゃんみたいに、これからわたしがルッテと完璧にお役目をできるかは分からない。

 でも今は、今は。ゼンマーから人を助ける以外、道はないの!


「だからわたしは、ことリテの使命があるなら嫌でも続ける。……それが終わるまで、れっまるはゼッタイに渡さない」


 ことリテのお役目を実行する覚悟。

 わたし、それだけはどうしても彼に示したかった。


 数秒して、彼がわたしから視線を外した。そうしてため息をつくと、


「好きにしろ。けど、人に危害を加えたら許さん」


 れっまる略奪を観念して、そのまま教室を出ていったんだ。



 そこから夏休みがはじまるまで、真波くんに出会うことはなかった。

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