13 動揺のレンゾク
「驚かないのです? わたくしの、このっっ、チカラに!」
手から放たれた火は飛び移り、カルテは燃え、あちこちから爆発音が響く4階。
そんな灼熱の中、ひとりの女子は廊下を軽やかに進みながら、心の中に声をかける。
(興味ないし……いや、火出すのはビビったけどさ)
「ふふ、さっきまであんなに焦ってたのに、急に冷静になられて」
(パニクったの、一瞬じゃん。それにアンタ、味方って信じてるから)
「そう……それにしても退屈ですこと。どうして人が見当たらないのです?」
マイ魂でゼンマーの思いのままといえど、乗っ取ったのは子ども。
体が完全に操れるうちに、人間を燃やし尽くさなければ……!
ゼンマーが汗を拭いながら、そう誓った瞬間だった。
「あたし、みんなを避難させたのー!!」
突然、真後ろから幼い声が聞こえ、ゼンマーは振り返る。
「正確には、コイツが悪役になってな」
「えへへ、にいさまくすぐったぁい。ゼンマーの気配、感じたんだもん!」
そこには11歳の少年と、頭を撫でられ無邪気に笑う妹らしき少女がいたのだった。
* * *
「マイ魂の被害者が分かった?」
「うん、あくまで推測ね」
わたしは煙臭い病院の階段を登りながら、前にいるルッテに自分の推理を伝えることにした。
「わたしが交通事故の後、しばらく入院してた時の情報だけど……骨折とかした子どもが最初に入る病室はだいたい4階なの」
階段を登れば登るほど、暑さは増し、煙で息が苦しくなる。
暑い、暑すぎるよここ……
軽く咳をしながらわたしは続けた。
「そして昨日、病院に運ばれた人なら一人だけ知ってる。さっき人影と一緒に見えた漢字、あれが病室の表札だとしたら……あの子で間違いない」
公園から見えた漢字は『後』。あの子……ううん、アイツの顔が真っ先に思い浮かんだの。
「被害者の名前は……」
「っ、伏せろ!」
ルッテの足が4階に到達した途端、文字にはできないくらいの爆発が鳴り響く。
「ひゃあぁ!」ってびっくりしちゃったけど、ルッテの咄嗟の忠告のおかげで無傷だった。
急いで駆け上がったそこは、あちこちが火で包まれた、地獄みたいな場所。
その中央には、わたしの予想通りの人物の後ろ姿があった。
「やっぱり、ゼンマーに操られたんだね」
わたしの声に気づいたのか、彼女はゆっくり振り返る。
昨日のヒナタくんみたいに、完全に目の色が変わっていた。その姿にビクって震えながら、わたしは彼女の名前を呟いた。
「……後藤さん」
◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯
「あら、ごきげんよう。わたくし、『SNS』の『炎上』によってマイ魂を発動できたゼンm」
「自己紹介はいらないよ。ゼンマーってこと、分かってるから」
操られている後藤さん……奴の言葉を遮ってわたしはれっまるを構える。
「あら、そうです? ではさっそく、灰になられるご準備を」
すると、奴は左手から急に火を生み出したんだ。
下ろしている右手には包帯が巻かれていた。……昨日の落雷の被害に遭った箇所だってすぐに悟った。
「……スッーーー」
ゆっくり深呼吸する。いろんな感情を整理したかったの。
相手は転校してきてから、いっつも悪口言ってきて、本当に許せないやつだから。
お貴族さまみたいな口調は、操られているといえどイライラする……!
けど、けど今はことリテとして! コワくても、イライラしてもわたしのお役目は……!!
「あなたを助ける以外、道はない!」
アプリテラシー!
覚悟を決めて、そう叫ぶ瞬間だった。
◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯
「ねーぇ、ゼンマーさん。あたしのおはなし聞いてる?」
うん……?
奴のさらに向こうから幼い声が聞こえた。
「あー! なーんだ鈴野ここね、来てたんだ!」
「……オレはずっと気づいてたけどな。お前、自慢話長いんだよ」
見えたのは二人の子ども。お兄ちゃんと妹っぽい感じだった。年の差3歳分くらいかな。
「え……誰?」
女の子がわたしの名前を呼んだけど、全く見覚えがない。
っていうか二人とも、何で動けてるの……? 時計アプリで周囲の動きは止めたはずなのに。
「やぁ、偽ことリテ。そのゼンマー、オレたちの敵なんだ。邪魔しないでくれ」
「ん? えっと……何を言ってるの?」
ニセ、ことリテ? わたしが?
たしかにことリテなら時計アプリの影響は受けないらしいけど……
「ねぇルッテ、どういう……ってあれ?」
わたし、れっまる使えたのにニセモノ? って聞こうと後ろを向いたんだけど……
ルッテ、まさかのいなかったんだ! 「えぇ!?」って声と共に一気に心が乱れる。
「ルッテ、ねぇどこ? 一緒に戦うって約束じゃん!」
「はぁ!」
そんな状況をゼンマーは逃さなかった。
◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯
……ーーーッ!!!
奴が放った火が、背中に直撃。声にならない痛さと熱さが全身を強く襲う。
れっまるが手から滑り落ち、崩れるようにその場に倒れてしまう。
わたし、バカだ。
あんな子を救うって覚悟を決めたのに。二人に気がづいたこと、そしてルッテが消えたことで……結局ひとつも奴に攻撃できずに……
……早苗ちゃんの言う通りだ。だいじょうぶなんか、ちっともない。わたし、なんにもできなかったよ。……助けて。
周りの火はいつのまにか炎ってくらい成長してる。
感覚が薄れ、だんだんと意識が遠のいていく。苦しい、助けて……ルッテでも、誰でもいいから。
「トワ__……カテ__……きょうy__……」
「戦ってい__……そうぼう__……あれ?__違っ……」
きょうだいらしき二人の声。うまく聞き取れないけど、奴と話してる気がする。
あぁ、情けないなわたし。お役目2回目で……こんなになって。
奴の言ってた通り、灰になっちゃうのかな。
……死んじゃうの、かな?
そこから先はまったく覚えていない。
わたしの意識はどこかへ深く沈んでしまっていた。
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