12 燃え広がる2つの世界
「はぁっ!? ちょ、何これ!」
SNSを開いた途端、青い瞳の女子はベッドから飛び起きた。
ひとりぼっちの病室。左手に持つスマホの通知を知らせる振動だけが、静寂をかき消していた。
『無断転載(笑)それに再生数稼げてなくて草』
『小学生でも動画複製やっとるとか日本おわたーw』
その文章たちは全て、コメントとしてその女子の投稿に向けたものだった。
数時間前、その少女はSNSアプリ「ナンシタグラム」でひとつの動画を見つけた。
……これヤバない!? ゼッタイバズるやつじゃん!
すぐにそう思った彼女は動画を引用し、自分のアカウントで改めて投稿したのだ。
「ヤバい、ヤバいって!」
その結果は、彼女の思ってることとは違う方向性で、現在バズっていたのだった。
「これって……」
「炎上ってやつですね」
炎上。聞きたくない単語に思わず目を瞑る。
自分が「炎上」の火元であることに女子は大声で泣き叫びたい気分だった。
……どうしよ、もし特定とかされたら! って、あれ?
「今の返事、誰? ……え、ちょちょっと!!」
目を開けた瞬間、声がした方向から赤い光が部屋を包む。
『outrage+SNS app』。突如現れたその赤文字は小鳥の形に固まり、女子のみぞおち辺りから体内に入り込んだのだ。
「はぁ〜やっと乗っ取れましたこと。なんて自由に動けれるのでしょう」
口調が急に変わった彼女は、その場でバレリーナのようにくるくる回転する。
(は、はぁ!? なんで勝手に喋ってんのよ!)
「あら? ちゃんと心の中でも口うるさいのですね、あなた」
(あなたって……ウチ操られてるとかなん、今?)
「それ以外ありえます? ほぉーら右腕もこんなに動かせますよ〜」
操られている……「マイ魂」を受けた女子の右腕には治療痕が残っており、それを包帯が何重にもして守っているのだった。
上下に揺らす度、ゼンマーではなく、彼女本人に痺れるような痛みが走る。
(イタい! イタいから! 頼むからそれだけはやめて!)
ゼンマーもマイ魂も、その女子は何ひとつ知らない。今はただ、お姫様のような口調の自分自身に問い詰めるしかなかった。
(あの返事、アンタだったんでしょ)
「そーですよ、あなたをこの状況から救うために」
(……どういうこと?)
「わたくし、争い事を治めるの得意なので」
それって……
ふと、視界にスマホが入る。手から離れても、コメントの通知音は鳴り止まってなかった。
(炎上も止められるってこと?)
「ええ、スマホに住む生命体として、容易なことです」
(その代わり体を操らせろってワケね)
「理解がお早いようで。わたくしと契約、なさいますか?」
(……分かった、とりま。操るならさっさと操って)
スマホに住んでるとか意味分かんねーし。
そんな不満を感じながら、女子は生命体のマイ魂を承認した。
(で、どうやって治めるつーの?)
「なぁに、簡単なことです。あなたのSNSを燃やす人間すべてを」
―――パリーン!!
開いた左手の先の窓ガラスが瞬時に割れる。
女子、いやゼンマーといえるその手から火が放たれたのだ。
「先に燃やしておくのですよ。現実で」
右目は青、左目は赤に変色した彼女が、院内を火の海にするはじまりの出来事だった。
* * *
「ウソ、でしょ……」
―――パリーン! バリバリ……パリーン!
驚いてるうちに、次から次へガラスに炎が移り割れていく。
公園にいた家族連れは叫びながらあちこちに逃げ、向こうからは患者さんや看護師さんらしき人が走ってくる。
ゼンマーの仕業。直感的にそう思った。
実際、炎を飛ばしている人影が見えたんだ。あの人が多分……
割れたガラスから見えた、そこに書かれた文字は、
「
―――ヒュウゥゥゥ……
すると急に風が吹いて、思わず一歩後ずさる。
ガラスの破片の進行方向がクルッと変わって……
「きゃあ!」
車椅子から振り向いた早苗ちゃんが短い悲鳴をあげる。
そう、破片はわたしたちに向かって来てたんだ!!
早苗ちゃん……!
思わず彼女にしがみつく。早苗ちゃんが……いや、多分わたし自身の方が落ち着くために。
どうしよう、どうしたらいいの! 走って逃げれるはずもないし……
多分5秒くらいだった間に、わたしの脳内は何通りかの助かる方法を考えた。
けど全部ダメだ、たぶん間に合わない……
助けて……
目を瞑った時、ハッとひとつ思いついたことがあった。
「あ、そうだ! あれなら」
ふとルッテの方を視線を変える。
以心伝心だった! 彼はわたしにアレを投げる瞬間だったの。
「ここね! 受け取れ!」
「う、うん!」
見事にキャッチできたけど、やっぱり視界に入った途端ビクッって震えちゃうのは変わらない。
「でも……この『れっまる』以外、助かる道はない!」
わたしはそう決心して、昨日以来の不思議な掛け声を出した。
「りんリテラシー、れっまる! ……で、アプリテラシー! 『地図』!」
『map activation』
ポンって画面がついた後、色がついた地図アプリを起動して……
わたしは早苗ちゃんを抱きしめて、スマホにピンを指した。
その行動が一秒遅かったら、わたしたちの命はきっとなかった。さっきまでいたベンチと車椅子にガラスが深く刺さってたことを後日知ったから。
◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯
「……なんでこんな所に?」
「早苗ちゃん、もう大丈夫だから」
目を開ける彼女にわたしはゆっくりと声をかけた。
ここなら看護師さんを見つけて早苗ちゃんを引き渡せれる。そして、わたしがマイ魂を受けた人をすぐに救えに行ける。そう考えたわたしは、「れっまる」によって病院の入り口付近に瞬間移動したんだ。
「大丈夫、ちょっとここで気分を落ち着かせていて」
「ねぇ、どこいくの?」
ことリテのことは早苗ちゃんであっても言ってはいけない。
その思いから咄嗟に半分ホント、半分ウソの返答が出たんだ。
「……えーっと、看護師さん探さないと、って思って」
「そんなことないでしょ。危険だよ、一緒にいよ」
「ゼッタイ戻るから、だいじょうぶ!」
「……うそつき」
「え?」
グッと足首を掴まれて、止まってしまう。
彼女はジッとわたしを睨んでた。心配って気持ちが何よりも伝わる睨みだった。
「ここね、昔からそうだよ。困ってる時に限って『だいじょうぶ』って連呼して……一緒に過ごした時間を忘れたって私、それくらいは覚えてる」
「……」
「だからお願い、向かわないで。ほら、大人が解決してくれるから」
わたしだってその通りにしたい。事実、ちっともだいじょうぶじゃない。
この後、ゼンマーと戦って人をマイ魂から解放する。れっまるを使うことさえコワくてやりたくない。
でも、でもね!
救えるのは……!
「わたししかできないんだ。ごめんね、早苗ちゃん。」
「……それってどういうk」
「アプリテラシー! 『時計』!」
『watch activation』
―――ゴーン……ゴーン……
色がついた時計のアイコンをタップするとすぐに、鐘の音が響き渡った。
仕方なく、このチカラを発動するしかなかった。
早苗ちゃんはまるで氷漬けにされたように、体と声がピタッと止まったんだ。
足首を掴まれた手をそっと外して、わたしはもう一度彼女を抱きしめた。
◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯
「
早苗ちゃんを火が飛び移らないようなところに運んだ時、ルッテが駆け寄ってきてわたしにそう呟いた。
昨日の中休みの最初と同じ、ルッテの表情は真剣そのものって感じだ。
「知ってるよ。ってことは」
「4階にマイ魂を受けた人がまだ暴れてるはず。……ついてきて」
……早苗ちゃん、ごめんなさい。わたし、行くね。
自分の頬をパンっと叩いて、ルッテの後を追いかけた。
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