第2話 風鈴の怪(Day2、風鈴)
「風鈴、ですか?」
暑い日差しが降り注ぐ縁側に、弥命叔父さんが立っている。
白地に、鮮やかな朱い金魚と水が流れる水面柄のシャツを着ていて、見ているだけで涼しそうだ。何かしているみたいで、ちらりと僕を見ただけだった。
やがて、叔父さんは作業を終えて、僕に向き直る。軒先に、金魚柄の風鈴が一つ、涼しげに揺れていた。
「おう。気に入ったから、買ってきた」
ちりん、と、これも涼しげな音が響く。
「良いですね。夏、って感じがします」
「風鈴で、涼を感じられるような夏でもなくなって来たがな」
叔父さんはくつくつと笑って、風鈴を見上げた。
「それは……確かに」
僕は頷く。もう午後も遅い時間だけど、太陽はまだまだ絶好調のようで、暑い。
それでも、微かな風に吹かれている風鈴の周りだけは、涼しいように感じられた。
次の日の夜。
バイト帰りで家へ向けて歩いていると、ちりん、と音がした。
「風鈴?」
音のした方は、狭い路地裏。
どこかの家で、風鈴が鳴っているのかな。
それだけなのに、無性に気になって、路地裏に少し足を踏み入れる。
「あ、」
りん、と一斉にたくさんの風鈴の音がした。
上から。僕は思わず上を見、息を呑んだ。
無数の風鈴が吊るされている。
夜だから、色はあまり分からないけど、圧巻だった。短冊のような飾りがひらひらと揺れている光景が、綺麗だ。
風が吹く度、りん、りん、と、風鈴が鳴る。鳴る度に、路地裏が涼しくなっていくように感じた。段々、風鈴たちの内の一つの音が、やけに僕の耳に響く。
僕は無意識に、その音を鳴らす風鈴を探した。
しばらく上を見上げながら路地裏を歩いていると、一つの風鈴が飛び込んできた。
あ、あれだ。家にあるのと同じ風鈴。
僕はその風鈴の真下まで行き、手を伸ばす。これに触れれば――
あと少しで手が触れる、その時。
ちりん、と、清らかな音がした。手を止めてその音の方を見ると、青紫地に赤い風鈴柄のシャツを着た弥命叔父さんが立っている。手に、昨日見たばかりの金魚柄の風鈴を、掲げるように持っていた。
「家の風鈴は、こっちだろ?旭」
言い聞かせるみたいな声を聞きながら、僕は急に納得した。そうだった。
「叔父さん。僕、」
叔父さんの方へ向かい、近付くと、風鈴が一斉に鳴った。背筋が急にゾクッとする。
訳もなく、怖くなった。叔父さんの手が伸びて来て腕を掴まれ、引き寄せられる。
「旭は、やらねぇよ」
低く怒気が溢れた声が、路地裏に響いた。
気付くと、叔父さんのお店の前にいた。
目の前に、風鈴を手にした叔父さんがいる。
「弥命叔父さん……」
「何やってたんだ?あんなとこで」
さっきまでの怒りはなく、いつも通りの叔父さんに見えて、ホッとした。
僕は、あの路地裏でのことを説明する。叔父さんは、最後まで黙って聞いてくれた後で、ふうん、と気のなさそうな返事を寄越した。
「旭、ずっと変な赤黒い骸骨みたいなもん見上げて、『家の風鈴』て連呼してたぜ」
「え、そんな記憶ないです……」
怖すぎる、何だそれは……。
叔父さんは固まった僕を見ると、笑って風鈴を一度鳴らす。
ちりん、と涼やかな音が響いた。
「風鈴は、魔除けの効果があるが。本来、夜になったら仕舞うもんなんだよ。この音が、いらんモノを招くからな。夜は」
弥命叔父さんの説明を聞きながら、僕はさっきまで見ていた路地裏の風鈴の群れを思い出す。
「じゃあ、さっきのは」
「さぁてね。本物の風鈴だったのかもしれんし、じゃなかったのかもしれんし。ま、どのみち良くないモノだろ。俺には風鈴に見えなかったし、そもそも旭を騙してる時点で」
「そう……ですね。ありがとうございます、弥命叔父さん」
僕は、いつの間にか詰めていた息を吐き出す。
「この風鈴、鳴らしながら家に帰れば?」
笑って言う叔父さんに、僕はさっきとは違う溜息が出た。今の今で、流石に僕だって分かる。
「絶対、鳴らしませんからね」
言えば、弥命叔父さんは、面白そうに笑った。
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