文披31題 剣と盾の怪奇録

六連星碧透

第1話 真夏の雪(Day1、まっさら)


深夜、寒さで目覚めた。


「寒……って、何?これ……」


起き上がって見ると、部屋に雪が積もっている。

部屋に、雪?

真っ白な視界を呆然と見渡していると、横から万寿の声がする。


「旭さん!」


袴姿の少年、僕のお守りである万寿まんじゅが、僕に上着を被せてくれた。靴下と靴も出してくれる。


「万寿!大丈夫?何があったの?これ」

「分かりませんが……男の子の泣き声が聞こえています」


万寿は、困った様子で首を横に振る。

何処に触れても雪。

僕は急いで、万寿が用意してくれたものを身に着けて立ち上がる。スマホは雪こそ被っていなかったが、冷たい。

電源も切れてて入らないから、とりあえず上着のポケットに入れておく。


「万寿は大丈夫なの?寒いでしょ」

「私は、人ではありませんから」


にっこり笑う万寿に、今更、そうだったと思い直す。

部屋を出ると、階段から下、一階も雪が積もっている。本当に、どうなっているんだろう。

万寿が言っていた男の子の泣き声は、縁側の方から聞こえる。


「うわ、」

「これは凄い雪景色ですねぇ……」


庭にも縁側にも、雪が積もっていた。

空の方は、熱帯夜のままの暑い空気を感じるのに、僕の足下からは冷気が登ってくる。変な感覚だ。


「旭さん。あそこに」


万寿が庭の真ん中を指差す。そこには、白に近い薄青の着物を来た男の子が、一人で立っている。俯いて、泣いていた。


「大丈夫……?」


恐る恐る声を掛けると、男の子は顔を上げてこちらを見た。異様に青白い肌に、灰色の目。一瞬ゾクリとしたが、潤んだ目に、胸が痛くなる。


「おっかあがいないの」

「お母さんが?」


話を聞くと、住んでいたところを壊されて、お母さんともはぐれた、らしい。


「お腹空いた……おっかあ、どこ……」


泣いている男の子を前に、僕と万寿は顔を見合わせる。


「食べるものならあるけど……」

「冷たいもの食べたい……」

「冷たいもの?」


万寿がそっと耳打ちしてきた。


「この少年は、恐らく人ではございません。それに、」


万寿が言葉を切る。男の子の泣き声が強まると同時に、雪が降り、吹雪になった。


「これは」

「やはり、この雪と男の子は関係がありそうですね。男の子を、泣き止ませた方が良いかもしれません」


そう言われても。

お腹が空いているなら、何か食べさせてあげたいけど。


「冷たいもの……そうだ」


頭に、かき氷のシロップが浮かぶ。

叔父さんがお店で使う用に買ってたもの。まだまっさらな状態のかき氷機も。


「旭さん?」

「かき氷にしよう。かき氷機あるし」

「かき氷?」


万寿と男の子の声が揃った。


縁側に道具を揃えた時。

僕はふと、氷はどうしようかと思った。かき氷用の氷を作っていない。

まさか、雪を盛るわけにいかないし。

それを、万寿と男の子に伝えたら、男の子は嬉々として水道水を凍らせてくれた。本当に、人間じゃないんだな、と驚かされる。

作ってもらった氷をセットし、まずは一人分のかき氷を作る。

雪の積もる庭で、こんなことをする日が来るとは思わなかった。

寒い。

イチゴ、メロン、ブルーハワイのシロップを出すと、男の子はブルーハワイを選び、僕がそれをかける。男の子に器を渡すと、目をキラキラさせて喜んだ。


「私はメロンが良いです、旭さん」


控えめに、でもウキウキした様子で万寿に言われ、僕は思わず笑う。


「直ぐに出来るよ」


僕は直ぐ、万寿にもかき氷を用意した。

二人は、楽しそうに器を持ち、しゃくしゃくと食べ進める。人でないからか、頭は痛くならないみたいだ。ちょっと羨ましい。男の子は、三杯ほど食べた。


「お腹痛くならない?」

「ぜーんぜん!美味しかった!」


僕の心配の声に、男の子は元気いっぱいに答える。でも、青い水が残る器を見つめる内、また目に涙を溜め始めた。


「おっかあにも食べさせたい。……会いたいよお、おっかあ……」


声は震え、また大声で泣き始める。一気に、我が家は猛吹雪になった。


「うわ、」


視界が真っ白になる。


「旭さん!」

「万寿!どこ!?」


万寿の声が聞こえるけど、どこにいるのか見えない。目の前で、男の子が泣いている。

僕は、男の子の冷たい身体を静かに抱き締めた。


「大丈夫だよ。お母さんはきっと君のこと、探してくれてる。もう泣かないで、僕らも探してみようよ」


男の子の声が不意に止み、僕にそっとしがみつく。触れた場所から、冷えて感覚が消えて行くのが分かった。身体の奥はまだ温かいけど、周りは氷のよう。

その時に初めて『凍る』という言葉が頭にちらつく。それでも、しがみつく男の子から手を離すことは、出来なかった。

視界がますます冷たく、白くなる。

どこか遠くの方から、僕を呼ぶ弥命叔父さんの声が聞こえた。都合の良い幻聴かもしれない。

急に、辺りが熱くなった。少し顔を上げると、僕らの周りに、銀色の炎が渦巻いている。

そこから、美しい顔が覗いた。僕は、その顔を知っている。


「シルバー……フレイム……?」


叔父さんの誕生日に贈った、銀色のライターの火。大丈夫、と言うように、頷かれる。


「旭!!」


今度こそはっきりと叔父さんの声が聞こえたと思ったら、何も分からなくなった。


気付くと、縁側で毛布に包まり、寝ていた。

少し視線を動かすと、黒地に白い大きな雪の結晶柄のシャツが飛び込んで来る。そのまま見上げると、朱い大きな金魚が泳ぐように揺れているのが見えた。

弥命みこと叔父さんだ。

同時に、もう何が起きても大丈夫だと、そんなことを思う。


「う……」


息を吐き出し、叔父さん、と言おうとして、ほとんど声が出ないことに気付く。

身体中が熱いような冷たいような、変な感じだ。


「起きたか、旭」


叔父さんの声が降って来て、僕は身体を起こした。ふわふわする。


「此度は、我らを助けていただき、ありがとうございました」


凜とした声だった。

僕は、庭を見た。何事も無かったように、雪は全て消えている。家の方も。真ん中に、長い黒髪で薄青の着物を着た女の人が、あの男の子を抱えて立っていた。

男の子は、泣きそうな顔で僕を見ている。

お母さんは、この人だったのか。


「ごめんなさい、兄ちゃん。ごめんなさい」


僕は答えようとして咳き込む。


「喋るな」


叔父さんが背中を軽く叩いてくれるのに、僕は頷いて答えた。

その手が熱く感じて、まだ身体が冷えていることに気付く。


「人とはまこと、不思議なもの。貴方様のように、慈しみの心で接し、助けてくれる者、いたずらに心を踏みにじる者。憂いも迷いも、絶えませぬ」


女の人が伏し目がちに言うのを、僕は何も分からず聞いている。


「あんたらの碑を割った奴等は、明日からこの町に近い山で、キャンプって言ってたよな。直ぐに追い付けるだろ」


叔父さんが溜息交じりに言う言葉へ、女の人はしっかり頷いた。そして、楽しそうに笑う。


「ふふ、楽しみですこと」


その笑みが冷たく恐ろしく、僕はぶるりと震えた。

女の人は、音もなく僕の前へやって来る。


「坊が、お世話になりました。助けてくださり、ありがとうございます」


真剣な声で真っ直ぐ言われた言葉に、僕はハッとする。女の人の、青白く細い指が、僕の額に触れた。

途端に、身体の冷たさや寒さが消えて行く。

女の人の指先には、青い炎が揺れていた。女の人は、それを見て微笑んでいる。


「また、坊と遊んでやってくださいまし」

「兄ちゃん、またかき氷作って!」


男の子が元気良く言うのに、僕は笑って頷いた。


「うん。いいよ」


声が出た。

女の人は僕らを見て会釈すると、スッと消えてしまった。


「……さあ、お待ちかねね」


静かな笑い声が、恐ろしい高笑いになって、それもやがて、消え去る。

僕と叔父さんは、どちらからともなく、息を吐き出した。

弥命叔父さんは、僕の頭に毛布を被せると、いつもより強めに頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

それだけで、何だか……伝わって来た。


「ごめんなさい……心配かけて。ありがとうございます」


はらりと、毛布が落ちる。笑う叔父さんの顔が見えたと思うと、両頬を引っ張られた。


「頼むぜ、旭くん。――俺も、肝は冷えるんだよ。お前が、氷漬け寸前で転がってるの見たらな」


いつになく優しい声で言われ、俯く。


「はい……」


その通り過ぎて、返す言葉も無い。

僕だって、弥命叔父さんがそんなことになってたら……。

僕はその考えを消すように頭を一つ振って、聞いてみた。


「あの親子、何なんですか?雪女、とか?」


叔父さんは僕の頬から手を離し、また笑う。


「そういうもんだろうな。この近くの小さい山みたいな場所に、石碑があんだよ。寒気かんき、寒さだな。そいつを操ることが出来たって親子を祀ってんだ」

「初めて知りました」

「知ってる人間の方が少ないな。今夜、母親の方が助けを求めて俺の店に来た。石碑を壊され、子とはぐれたってな。そこに、若者連中が店に来たんだが。バカ騒ぎしながら、その石碑を割ったって自慢しててな。石碑の欠片を、古い橋の前に捨てて来たとも」


それって。


「古い橋、ってまさか、この家の前の?」


叔父さんは、肩をすくめた。


「欠片を拠り所に、子が来てるんじゃないかって母親連れて帰ってみたら、旭が子ども抱えて、ほぼ氷漬けで転がってたわけ。ま、家見て、大体何があったかは分かったが」


僕は、叔父さんと女の人が言っていた言葉を思い返す。

……なるほど。

僕は、叔父さんが言ってた山の方を見た。

明日、石碑を割った彼らは、親子と会うのだろうか。それとも、会わないまま親子に……。

そこまで考えて、あとはやめた。それは、彼らだけが知ることだ。


「そういえば。かき氷のシロップ、使いきっちゃいました。ブルーハワイ。かき氷機も勝手に使って、すみません」


ふと思い出して謝ったら、叔父さんが噴き出す。


「おもしろ。今言うことかよ。んなことは良いが。――これからが夏本番とはいえ、氷はしばらくいらねぇな」

「……そうですね」


この一夏分の氷に、一晩で触れた気がする。

もう、身体は大分落ち着いたけど。

熱帯夜が温かい。こんなことを思う日が来るとは、思わなかった。


「そういえば、万寿は」

「旭が完全に凍らねぇように守ってたからな。疲れて眠り込んでるよ」


叔父さんは、居間の方を指差して言う。多分、万寿の本体はそこにあるのだろう。


「そうですか……。後でお礼を言わないと」


万寿にも随分、助けてもらった。叔父さんが、僕の背を軽く叩く。


「残ったかき氷のシロップ、どうすっかなー」


叔父さんは、さして困って無さそうに言いながら、笑った。










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