第32話 マリウスのあと片付け

 フォークの先を見ると髭を綺麗に整えた異国の王子、ハシームがウインクしている。


「ボクは甘いのは苦手なのだが、これは爽やかな甘さで美味しいね」

「ハシーム王子!」


 唖然とするリリスに代わってサリーが声を上げた。


「こんにちは、リリスにサリー。これはなんという食べ物ですか?」

「レモンメレンゲタルトですよ。と言うかわたしが食べようとした物を取らないでください。欲しいのであれば言ってください。まだありますので取り分けますから」


 リリスの当然の抗議に、ハシームは首をかしげてにっこり笑った。


「リリスの食べている物が美味しそうに見えたので」


 サリーが顔を赤らめながら、リリスとハシームの顔を交互に見比べる。

 当のリリスはこの人は何を言っているのだろうかと、思いながらハシームを眺めていた。


「そうだ、美味しいお菓子をいただいたので、お詫びにぼくの船に来ませんか? そこらの船とは違って、外洋船だから、海まで行って帰れますよ。サリーも一緒にいかがですか?」


 ハシームは特上の笑顔でリリスだけでなく、サリーも誘う。サリーが来ると言えばリリスも来るだろう。作戦としては間違っていない。そして、あの一件以来、カイルと距離が出来てしまっており、船に乗る機会も失われていた。サリーを見ると、すでに行く気満々になっており、それを見てリリスは困っていた。


 リリスはハシームの事がよく分かっていない。人づての情報と、簡単なあいさつを交わした程度の関係。それなのに、ハシームは急激に距離を詰めようとしてくる。王族や大貴族ならまだしも、ただの田舎子爵のリリスとサリーに近づく意味が分からない。なにか裏があるのではないかと考えてしまう。

 もしかして、ハシームはサリーに一目惚れをしたのだろうか? 確かにサリーは可愛い。ふっくらと女性らしい体型に、愛嬌のある柔らかな顔。何より胸が大きい。胸の大きさだけで言えばシャーロットと遜色ないのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、マリウスが助け船を出す。


「リリス様。お急ぎにならないと昼休みが終わってしまいますよ」

「ああ、ありがとうマリウス。ごめんなさい。後片付けをお願いしてもいいかしら」

「それが私の仕事ですから」


 急いで、荷物をまとめて、リリスとサリーはその場を去る。


「カチュアさんも、ここは私に任せてご主人様たちの手伝いをお願いします」

「え、でも……」

「大丈夫ですよ。さあ、どうぞ」


 戸惑いながらもサリーの従者カチュアはぺこりとマリウスとハシームに頭を下げて去って行った。


「そんなに警戒しなくても良いじゃないかな? マリウス君」

「何のお話でしょうか? 私はお嬢様が授業に遅れないように、気を使っただけですよ」

「そうですか。まあ、いいでしょう。しかし、彼女はぼくがいただきますよ。彼女の全てを……」


 そう言って手のひらをひらひらと振りながら、去って行った。


「あのじゃじゃ馬娘が恋愛に興味があるとは思えないがね。まあ、多少強引な男の方があの鈍感娘に合っているのかもな。ただ……」


 マリウスはリリスに年頃らしく恋愛にも少しは興味を持って欲しいと前々から考えていた。

 領主として自覚を持ち、良き領主となろうとするのは良いのだが、恋愛の一つもせずに大人になるのもどこか歪んでいる気がしていた。

 ただ、あの王子はどこかうさんくさい。なにか妙な違和感がある。あれならば、ジルの方が良い。直情的ではあるが、自分の身内と思った者はどうにかして守ろうとする優しさがある。マリウスは二人の王子の事を考えて、そして考えるのをやめた。


「まあ、こればかりは本人達の気持ち次第なのだがな」


 マリウスは独り言を言いながら片付けを終えたのだった。

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