第31話 銀色の嵐

 そんな出来事が繰り広げられているとは知らないリリスは、いつものように登校してきた。平穏な日々を吹き飛ばす銀色の嵐がやってきたとは知らずに。

 いつもの教室は朝からざわついていた。


 それは転校生がやってきたからだった。それもただの転校生ではなかった。

 教師の隣に立つ美しい銀髪の男性。背が高いその姿は、この教室の誰よりも女性陣の心をわしづかみした。

 ジルほど肉体的ではなく、カイルほど男性的ではないが、その姿は人の目を奪う。

 その姿は一言で言うと色気がある。女性の色気ではない。大人の男性の色気。

 肌は浅黒く、髭を生やしたイケメン。


「今日からこの学院に転校してきましたサウスアビア王国第一王子ハシーム・イブラヒム殿下です」

「ハシーム・イブラヒムと申します。皆様よろしく」


 そのウインクに女性陣から黄色い声が上がる。

 その黄色い声を上げているサリーの袖を、リリスがそっと引っ張る。


「ねえ、サウスアビア王国って知っている?」

「なに、リリスは知らないの?」

「知らないわよ。ねえ、どんな国なの?」

「わたしも知らないわよ。後でリリスに聞こうと思っていたのに」

「なによ、それ」


 サリーの無邪気さにリリスは思わず笑みがこぼれる。そのリリスを見てサリーも笑う。お互いに顔を見合わせて笑い合う。


「それにしても、あの人ってかっこいいわよね。第一王子と言うことは将来的には国王ってことよね。第一夫人は無理でも第二、第三夫人なら、チャンスあるかも」

「サリー (りんご、卵)はジル王子 (軍事)のことはもう良いの?」

「親友の恋人を横取りする気は無いわよ」

「はぁ? 誰の恋人よ。そんなのじゃないわよ」

「はいはい。わかった、わかった。それともカイル様の方が本命でしたっけ?」

「もーう、いいわよ。サリー (りんご、卵)の分のメレンゲタルトは無しだからね」


 そう、今日のデザートはレモンメレンゲタルト。レモン汁とすりおろしたレモン皮と小麦粉でレモンフィリングを作り、タルト生地に三分の二ほど敷き詰める。その上に卵白をピンピンに泡立てたメレンゲをこんもりと盛り付けて、焼いたレモンメレンゲタルト。表面がきつね色に焼け、ところどころ白く残る見た目。食べるとふわふわとした甘いメレンゲと甘酸っぱいレモンの香り、ほろりとしたタルト生地が、暑くなってきたこの時期にぴったりのお菓子。

 それを昼食後のデザートにリリスは取り出した。


「ねえ、朝、言ったことは冗談よね。わたしの分は無しなんて」


 美味しそうなレモンメレンゲタルトを目の前にして、心配そうな目をリリスに向けるサリー。


「大丈夫よ。カチュアにはあげるから」


 リリスは意地悪そうに、サリーの気弱な少女従者にタルトを渡す。


「え、私にだけですか? お嬢様の分は?」

「だって、サリー (りんご、卵)は意地悪を言うんだもの」


 手渡されたカチュアはタルトの乗ったお皿を持っておたおたする。


「ねえ、リリスさん……」

「ふふふ、冗談よ。当たり前でしょう」


 リリスは微笑みながら、取り分けたレモンメレンゲタルトをサリーに渡す。


「よかった~食べられなかったら、夢に出るところだったわよ。でも、味が分からないから、夢で出ても味がしないのかしら?」


「大丈夫よ。そういうときって夢でも食べられないから。ふふふ」


 そう言いながら、リリスがタルトを食べようと口を大きく開いた。しかし、フォークを持つ手はひょいと後ろに引っ張られて、タルトは横取りされた。


「え!」


 サクサクとした食感、甘酸っぱい味を想像していたリリスは衝撃を受けた。

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