第30話 ジルの苦い食事会

「おい、ジル。まさか個人的な感情で、国政を担う私に意見したのではないだろうな」


 イアンは静かな怒りを込めてジルを睨む。


「しかし、リリスはコレットの命の恩人なのですよ。それなのに恩を仇で返すような事に黙っていられません」


 ジルは国王とイアンにそう訴えた。理論で勝てない事は分かっている。ならば情に訴える。それくらいしかジルには出来なかった。


「ジルよ。まさか、コレットのことを外部に漏らしたのか?」


 それまで黙って聞いていたキースが口を開いた。その口調は一見、穏やかではあるが、ジルを責める口調だった。


「はい。リリスのおかげでコレットは徐々に回復しています」

「ジルよ。僕はそんなことを訊いているんじゃないんだよ。コレットの病気は外部に秘密にする。そう決まったよな。それをお前はペラペラとただの同級生に話したのかと聞いているのだよ。王族の病気は外交問題に大きな影響を与えるのだぞ。伝染病であったならば、父上や僕たちにも移っているかも知れない。そうなれば、隣国が攻め込んでくる良いチャンスになってしまう。だからコレットの病気は秘密にしておくと、お前にも言ったよな。覚えていないなんて言わせないぞ」


 外交や国内の貴族などの渉外を担当するキースは内外の人事や動向、そしてそれが及ぼす影響に人一倍気を遣っている。そのためには、実の妹の命を天秤にかけられるほどに。


「それについて、伝染病で無いことが分かりました。コレットの病気は脚気と言って栄養失調の一種です。今はリリスの食事療法で回復に向かっています」

「今はそんなことを議論しているのではない。お前がやったことは高度で繊細な外交において、我が国の弱さを国内外に示す事になっていたかも知れないと言うことだ」


 ジルはキースの言うところの外交問題が内政などよりもよっぽど苦手である。ちまちまと回りくどく、自国の利益とプライドを守り、相手のメンツも潰さないように振る舞う。必要なことははっきりと面と向かって言えば良いではないかとつくづく思ってしまう。しかし、そんな馬鹿正直なジルの態度を、キースはいつも注意する。相手のことを考えろ、そしてこちらの有利なように相手を誘導しろ。そのためには色々な情報を入手して、周りの人間を味方につけろと口うるさくジルに言ってくる。


 今回も結果が良かったのだから良いではないかとジルは考えるが、キースは、そのことはたまたまであって、常に色々なことを視野に入れて行動しろと言っているのであった。

 二人の兄に常日頃からお前は単純すぎるもう少し施政者としての自覚を持てと言われ続けて、自分なりに努力をしてきたはずだ。しかし二人の兄のようには、なれないでいる自分に腹も立つ。

 今回も、二人の兄が自分と逆の立場であったならば、上手く言いくるめてリリスの故郷を守れたかもしれない。そんな思いがジルの顔に出ていた。


「まあ良い、二人とも。ロランド領の税を上げたからと言って国庫全体としては誤差の範囲であろう。コレットの病気を治療していると言うことは事実でもある。今回は税の引き上げは見送り、今後、ロランド領の成長次第で考え直すと言うことで良いのではないか? イアンよ」


 国王は三人の息子のやりとりを聞きながら、そう結論づけた。全ての決定権は王にある。その王に言われてはイアンも引き下がるしかなかった。まあ、取るに足らない子爵領の件で、これ以上、話を大きくする気も失せていた。


「分かりました。父上の御心のままに」

「キースも良いか?」

「いいですが、今後このようなことが無いようにお願いします」


 ジルはリリスの故郷にとって悪い決定でなくほっとした。しかし、結局は父親の娘可愛さによる決定である。そしてそれは、一人娘という意味ではなく、どこかの国の王子へと嫁がせることが出来るカードが復活した言う意味である。

 結局のところジルは何も出来ていなかった。なぜ自分は二人の兄のように、上手く物事を進められないのだろうか? まっすぐなことは悪いことなのだろうか?

ジルにとって、そう痛感させられるだけの苦い食事会だった。

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