第29話 王家の食事会

 このあと、カイルが見えなくなってから、リリスはマリウスに、ぐうの音が出ないくらいに無茶苦茶怒られた。

 それからリリスはカイルから、むやみなアプローチはなくなり、海遊会の人からもごくごく普通の対応を取られていた。

 つまりはリリスにとって穏やかな日々だった。


~*~*~


 その日は月に何度かの、ネルニア王家において家族そろっての食事をする日だった。

 ジルはこの日が嫌いだった。特にコレットが病気になり、参加をしなくなってから、肩身が狭いだけで楽しみが無かった。


 大きなテーブルの上座にはジルの父親で聖ネオトピア王国の国王が座り、長兄イアン、次兄キース、ジルそして、今日は参加していないが、コレットがその隣に座る順番になっている。王妃はすでに数年前に病気で亡くなっていた。

 長兄のイアンは色白で黒髪を綺麗に切りそろえて、眼鏡の奥の瞳は鋭く冷たい。

その隣に座るキースは明るいブラウンの髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。兄に比べて、健康的な顔立ちで少し軽薄そうな顔つきだった。

 コース料理のアミューズやオードブルを終えてスープに手をつける頃、国王はいつものように長男のイアンから声をかける。


「イアンよ。何か変わったことはあったか?」


 長男のイアンは国王の右腕として国内の業務を取り仕切っている。業務に関しては日常的に報告をしている。ここで言う変わったこととはイアンの家族のことを訊いていた。


「特に変わったことはありませんね。妻も妊娠の兆候は無く、娘は先日、歩き始めました」

「そうか。では引き続き、男の子が生まれるように努力しろ。ところで、今年の税収はどうだ?」

「そうですね。今年は不作のところがないので大丈夫ですね。ロランド領が、最近は砂糖の生産が安定して、税収も安定していますので問題は無いと思います」

「そうか、あの問題児が最近は良くなったか。今の領主が頑張っているのか?」


 国王はこれまで足手まといだったリリスの故郷の現状を聞いて、驚いていた。そもそも、あの土地には特に期待はしていなかった。その昔、ある事件を解決した功績で領地を与えなくてはいけなくなって、誰も引き取り手の無い荒れ地を渡しただけだと、先王から聞かされていた。そのため、税収については特に期待をしておらず、その代わりに有事が起こればその住民を兵士として前線に送ればいいと考えているだけの領土だった。


 ジルはリリスの故郷であるロランド領の話を聞いて、心の中でまるで自分のことのように嬉しかった。長兄イアンは普段から人を褒める事は少ない。それだけに、誇らしい気分で黙って聞いていた。


「そうですね。五年ほど前から大規模な農地改革を進めているようで、それが実を結んだようです。今年から、税収を上げましょうか? あまり、地方貴族が力を持つのもよくありませんからね」


 イアンは眼鏡の奥の切れ長の瞳をキラリと光らせた。


「そうだな。どうするかな……」


 イアンの提案に国王は思案する。


「少しお待ちください。そんなに簡単に税を上げて良いのですか?」


 普段は訊かれたことを答えるだけだったジルは、リリスの故郷の話なだけに思わず口を出してしまった。


「ジル、お前は少し黙っていろ」


 ジルの言葉をバッサリと切るイアン。


「しかし……」

「しかしもなにもない。そもそもお前は政治の事は何一つわからないだろう。興味も無いだろう」


 イアンの言うとおり、ジルは政治に興味が無い。一応、王家の者としてそれなりの教育を受けているのだが、はっきり言って退屈だと感じている。そんなことよりも、身体を鍛え、戦術を学ぶことの方が百倍楽しく、自分に合っていると思っている。その事に誇りすら感じている。しかし、リリスはコレットの恩人である。その故郷の税収が上がり、リリスたちが苦しむのを、むざむざと見過ごす恩知らずになりたくはなかったのだ。

 しかし、ジルは内政についてイアンに意見できる立場では無い。そもそも、この優秀な長兄と議論して勝ったためしがない。


「なんだ? ジル。お前から口を開くなんて珍しいな。おお、そう言えば、最近お前はロランドの所の一人娘と仲良くしているそうではないか」


 ジルがなんとかイアンに対して、意見を言おうと考えていると、国王はジルとリリスの関係に言及した。それに対してイアンが反応した。

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