第25話 リリスと王宮料理人
その日、気持ちが悪いほど周りの生徒のリリスに対する態度が変わった。
ずっとリリスと友人になりたかったのだが、ジルが怖くてできなかったと言って。
ほとんどの生徒はジルとの架け橋になってもらおうと下心が見えているが、それでもリリスにとって野望へ近づく一歩だった。
しかし、さすがにその変わり様にリリスは戸惑いを隠せなかった。
逃げるように中庭で昼食を取っていた。いつものようにサリーと共に。
「大変でしたね。しかし何があったのですか? あの王子があんなに変わるなんて」
サリーは当然のように聞いてくるが、リリスには答えられなかった。
原因が分かり、回復の目処も立っているとはいえ、このまま治れば晴れてコレットの病気ははじめから無かったことになる。そのため、コレットの病気のことは誰にも話せないのであった。
「それはですね、サリー様」
理由を考えつかなかったリリスの代わりにマリウスが答える。
「殿下が武芸の鍛錬に努めているのはご存じの通りです。しかし、ただ剣を振るだけではなかなか強くはなりません。そこで強くなるための食事というものをお嬢様がお教えしたのです。殿下はそれをえらく気に入りまして、今日も夕方から王宮へと呼ばれてございます」
スラスラと嘘を吐くマリウスを見て、さすが長く生きているだけはあるとリリスは感心する。
「そうなのですね。リリスさん、よくご存じですね」
「え、ええ。食料生産と加工、食事がもたらす健康がわたしのライフワークですから」
それは本当のことであった。リリスは飢えの無い世界を、みんなが健康で暮らせる世界を作りたい。そのために知識と実践、応用と検証。マリウスの知識を吸収し、畑を作る。思いついたことをマリウスとクロエと相談して、料理を作ったりしてみる。
安く栄養がある料理を大勢の人に。その上、美味しければ言うこと無し。
だから、コレットのために食事を作るのも全く苦でない。それどころか、自分のこれまでの知識を実践できる場だと張り切っている。
そんなリリスは夕方、マリウスと共に王宮へと来ていた。
「飴色になるまで中火で炒めてください。決して焦がさないように」
リリスは王宮のキッチンで料理人に説明する。つきっきりで、コレットの料理を作れれば良いのだが、そうもいかない。ならば、料理人にいくつかのレシピを教えて作ってもらうしかなかった。
今朝、市場で購入した新玉ねぎを炒める。
本来なら、これを丸ごと煮込んで厚切りのベーコンと玉ねぎを具としたスープを作りたいところだが、コレットは今、食欲が無く、あまり固形物も量が食べられない。ならば、大量の玉ねぎを炒めて固形物がほとんど無くなり、エキスが凝縮したオニオンスープから始めた方が良いだろうと判断したのだった。そこから、少しずつ、固形物を増やしていく。まずはコレットの食欲を回復させて、胃腸の機能を徐々に回復させていく。そうすれば後は、料理の選択肢が増えていく。そう考えたリリスのファーストステップだった。
「飴色になったら、別に作った野菜スープをここに入れます」
「ちょっと待ってください。このスープはくず野菜どころか、捨てるところから作ったのでは? そんなものをコレット様に出せません」
リリスは人参や玉ねぎの皮や葉に近い部分、カボチャの種やワタなど本来捨てる部分をよく洗って、少量の米酒と一緒に煮込んだスープを作った。
食べられるところから作るスープであれば料理人も納得したし、普段からも作っている。
しかし、捨ててしまう部分で作ったスープなど、自分たちでも食べたくないのにそれを王族に出すなど、自分たちのプライドが許さないし、このことが知れれば自分たちの命さえ危ない。
「野菜や果実は、捨てられる皮や種にこそ大変栄養があるのです。コレット様の薬と割り切ってください。コレット様の体調が良くなれば、普通の野菜でスープを作ってあげてください。この野菜くずが入らないよう、きれいな布で漉したスープを、先ほどの飴色になった玉ねぎの中に入れてから、塩で味を調えて、一煮立ちすればできあがりです」
野菜くずからはファイトケミカルという栄養素をたっぷりと取り出したスープ。しかし、そんなことをいちいち説明していれば、なぜそんなことを知っているのか? というところまで言及されかねない。そのため、多くは説明せずにおく。今は、ジルが推薦した医者という立場を利用して押し通す。
玉ねぎの甘い香りが漂う黄褐色のスープが完成した。
これに焼きたての柔らかなパンを添える。
リリスは自ら、コレットが待つ部屋へと料理を持って行った。
「コレット様、いかがですか?」
ほんのりと香り立つスープを次々に口に運ぶコレットを見て、リリスは安心する。
「よろしければ、パンもスープに浸して食べてください。柔らかくなって食べやすいと思いますよ」
言われるがままに、パンを少しちぎってスープに浸して食べる。
こうして少しずつでも固形物が食べられるようになれば、ひと安心だ。
あとは料理人とは話し合って、いろいろな野菜、肉を使ってあっさりと食べやすい料理をお願いする。お米も白米だけにせず、玄米を混ぜた物を出すように指示をする。
あとはコレットがしっかりと食べてくれれば元気になるはずだ。
これで、リリスの役目は終わりのはずだった。
そんなことを考えていたリリスに、食事をしているコレットの側でジルがある提案を申し出る。
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