第24話 上機嫌のジル

「そうか! それで良い野菜は見つかったか⁉」


 ジルは満面の笑みを見せる。

 普段からこんな顔をしていれば良いのに、そうリリスでさえ思うほどの笑顔。そう言えば、今日のジルは顔色が良さそうだった。昨夜はリリスが忠告したようにゆっくりと休んだのだろう。

 その笑顔に気圧されてリリスも普通に答える。


「そ、そうですね。もう少しすれば、わたしの畑からも新鮮な野菜が採れますが、さすが都ですね。市場にも良い野菜が取り揃っていました」


 二人の会話を聞いていた貴族たちはいつもの通り、リリスの行動にジルが文句を言っているのだと思っていた。あの生意気な田舎娘が口答えをして、王子に怒られる。そんな展開を期待していた生徒たちは面食らったのだった。


「では期待が持てるのですね」


 いつの間にか、シャーロットがリリスの側に来て、ジルとの話に加わった。

 周りの人々の動揺は大きくなった。

 ジルだけでなく、シャーロットまでリリスに対して好意的に話しかける。

 事情を知らない周りの生徒たちはざわつきはじめた。リリスはジルとシャーロットの二人と仲が悪かったのではないのか? そのためリリスと仲良くしては損をする。そんな打算的な感情と弱い者を見つけては攻撃するという心理が働いてリリスをバカにしていた。


 しかし、それがたった一日でひっくり返ってしまった。

 ジルとシャーロットの二人に良好な関係を築きたがっている生徒たちは口々に「上手くシャーロットに取り入って」だとか、「どんな汚い手で」だとか、「あんな鶏ガラのような体で誘惑したのかしら」と勝手な噂話を始めた。


「リリスさん、あなたは殿下に何を言っているのですか‼ 野菜ってなんですか? 畑って……あなたは貴族であるにもかかわらず、畑仕事などをしているのですか? 下々のように! やはり、あなたはこの学院にふさわしくありません! 出て行きなさい‼」


 カトリーヌは自分の存在をアピールするようにリリスを攻撃する。その言葉にジルは初めてカトリーヌに気がついたように顔を向ける。


「誰だ? お前は?」


 カトリーヌはジルに自分のアピールが通じて、嬉しそうに答える。そう、王子であるジルにはこんな下級貴族の娘ではなく、伯爵令嬢の自分こそふさわしいとカトリーヌは名乗りをあげる。


「カトリーヌ・ファルドラドでございます。ファルドラド……」

「カトリーヌとやら! このリリスは俺の大事な人間だ。こいつに文句があるなら、まず俺に言え! それにリリスをこの学院から追い出すなど、この俺が許さん‼」


 カトリーヌは挨拶を途中で遮られただけでなく、ぽっと出の田舎貴族、階級でも自分の家よりも低いリリスの肩を持つと宣言されて唖然とした表情でジルを見つめる。

 うるさかった外野もジルのその一言で静かになった。

 それでもジルに食い下がるカトリーヌ。


「殿下、それはどういう意味ですか?」

「言ったままの意味だ。今後、リリスに何かあれば、俺が許さんと言ったのだ」

「なぜですか、こんな田舎娘を……」

「お前にその理由を言う必要は無い。それともお前はこの俺に逆らうと言うのか⁉」

「……いえ、そうでは……」

「殿下 (軍事)、そのような言い方はカトリーヌ様 (牛、乳製品)が可哀想です」


 あまりにもジルの高圧的な言い方にカトリーヌが可愛そうになり、リリスは口をはさんだ。


「ああ、そうか悪かったな。まあ、そういうことだ。わかったな」


 リリスに言われたジルは少し冷静になって、女性に対して言い過ぎたと反省して、口調を緩めて言い直した。


「……わかりました」


 カトリーヌは唇をかみしめて、リリスを睨みつけていた。その視線だけで殺してやろうと言わんばかりに。

 ジルに怒られたことよりもリリスに助けられた事が、カトリーヌのプライドを傷つけたのだった。

 そして、そんな騒ぎの中、ある一角でつぶやく声がひとつ。


「面白そうだな」


 日焼けをした精悍な男性。四大貴族の一人、カイルは、まるで新しいおもちゃを見つけたようにつぶやいた。

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