第26話 呼び方は大事
「なあリリス、いちいち家から通うのも面倒だろう。部屋を用意したからそこに住めばいい」
なんでこのバカ王子はいちいち、いらない気を回すのだろうか。確かに王宮と学院は目と鼻の先だ。しかし、こんな場所ではリリスもマリウスも気を抜けない。何よりもリリスが王宮から通っているなどと分かったら他の生徒からなんて言われるか。考えが浅いのか、単細胞なのか、ものすごく良いことを思いついたと言わんばかりにどや顔で提案してきた。リリスはその顔を苦々しく思いながらも表面上は冷静に返事をする。
「結構です。わたしにはわたしの生活があります。コレット様のために定期的にお伺いしますが、ここに住む気はありませんよ。殿下 (軍事)」
「そうか……」
ジルはしょんぼりとした顔を見せた。リリスはその顔を見て、ずるいと思った。普段、あれほど俺様王子の態度をしておいて、急に捨てられた子犬のような顔をする。リリスは強硬な態度を取られると反発するが、このような顔をされてしまっては、心が揺らいでしまう。
「お兄様、リリスさんを困らせてはいけませんよ」
そんなリリスの様子を見たコレットは助け船を出す。
ああ、可愛いな。こんな妹が欲しい。そんな気持ちを表に出さずにリリスは答える。
「そうですね。殿下 (軍事)は少し相手のことを考えて発言してください」
「……すまない。イアン兄上にも良く、お前は相手の気持ちを考えて発言しろと怒られるのだ。上に立つ者は理だけで無く、情を考慮に入れろと言われるのだが、どうにも苦手でな。そういう所はキース兄上を見習わなければいけないのだがな」
ジルは優秀な二人の兄に普段から言われているのか、素直にリリスの言葉に納得する。
「分かっていただけましたか。殿下 (軍事)」
「それだ!」
リリスの言葉を聞いたジルは突然叫んだ。
何がそれなのか? リリスはびっくりしたまま、ジルの言葉を待った。
「その殿下ってやつは他人行儀だ。特別に名前で呼ぶことを許す」
いやいや何が、許す、ですか。誰があなたのことを名前で呼びたいって言ったのですか? あなたとは他人で結構なのです、というか基本的に関わり合いたくないのです。さすがにそこまでは言えない、リリスは作り笑いをつくった。
「ありがとうございます。殿下 (軍事)」
「ぷっ、ははは」
リリスの言葉にコレットが吹き出すように笑う。
「お兄様、リリスさんに名前で呼んで欲しいならそんな言い方ではだめですよ。すみません、リリスさん。お兄様はこういうのは慣れていませんので、許してあげてください」
学院では俺様キャラのジルも愛しの妹ちゃんにはタジタジだった。ジルはコレットの忠告に従って、リリスに言い直した。
「特別にジルと呼んでいいぞ」
「……」
コレットの言葉が分かっていないのか、相変わらず俺様の態度に、リリスはあきれて、言葉も出なかった。
「お兄様……」
「……ジルと呼んで欲しい」
コレットの言葉に、ジルは照れくさそうに目線を落としながら、言い直す。
王子として上からしか人と話したことがないジルが、なんとか人との距離を縮めようと努力しているのはリリスにも分かった。
それは愛しい妹の恩人に対するジルからの最大の好意なのだろう。
「わかりました。ジル様 (軍事)」
「よかったですわね、お兄様。それとわたくしもコレットと呼んでください。敬称は堅苦しいですわ。よいですね、お姉様」
コレットはかわいらしい笑顔をリリスに向けた。
お姉様! 自分に向けられると、なんて甘美な響き。リリスはぎゅっと抱きしめたくなる衝動に駆られる。ジルがいなければ確実に抱きしめていた。
そんな気持ちを抑えて、名前を呼んでみる。
「コ、コレットちゃん」
「はい、お姉様。これからもよろしくお願いします」
「はい」
コレットの妹オーラとお姉様攻撃に思わず返事をしてしまった。『これからも』の中に当然、兄ジルのことも含まれているのはリリスにもすぐ気がついた。
しまった。ジルと距離を取るためにコレットとも距離を置こうと思っていたのに。リリスはそう思ったがすでに返事をした後だった。
仕方なく、リリスは自宅から定期的にコレットの様子を見に来る約束だけをしたのだった。
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