第17話 エーデルワイスの花言葉

 長い廊下を歩き、階段を上り、いくつかの曲がり角を曲がって、ようやくコレットのいる部屋へとたどり着いた。

 部屋の前には護衛の兵士が立っており、ジルを確認すると、敬礼の姿勢をとる。


「殿下、その方々は?」

「医者だ」

「この方々が……ですか?」


 リリス達を見て、当然の疑問を投げかける。


「それは、俺に聞いているのか?」


 ジルはその瞳を真っ赤に燃やすように兵士をにらみつける。そのひと睨みで兵士は姿勢を正す。


「申し訳ありませんでした。どうぞお入りください」


 通された部屋はリリスたちが住んでいるリビングの倍以上はある広さ。そこに天蓋付きの大きなベッドが一つ。大きな化粧台と意匠が施されたタンス、美しい花瓶に生けられた色とりどりの花は、いかにも豪華な貴族の部屋といったところだった。しかしその部屋は薄暗く、どこかカビ臭さすら感じる。


「失礼します」


 リリスはずかずかと部屋に入るなり、大きな窓に近づくとカーテンを開き、窓を全開にした。


「何を……」


 唖然とするジルを無視して、入り口のドアも通路の窓も大きく開けると、初夏の爽やかな風が鬱屈とした空気を吹き飛ばした。


「空気の入れ換えをしています。こんな部屋では治る病気も治りませんよ」

「何を言っている。窓を開けたら外から悪い気が入ってくるだろうが!」


 マリウスから医療の授業を受けているリリスには”悪い気”などと言われると、うんざりする。しかし、彼らにはそれが理解しやすいのだろう。ならば、その土俵に乗って説明するのが近道だと、リリスはいろいろなことを領民に説明している経験上、分かっていた。


「コレット様は病気でございます。ならばコレット様から出た悪い気は、この部屋に溜まり、濃くなり、またコレット様の体を蝕んでしまいますよ。外の空気で薄めて、逃がす必要があります」

「しかし、これまでの医者は……」


 ジルはそれでも食い下がろうとする。


「全ての病気がそうとは限りませんが、基本的には定期的に空気の入れ換えは必要です。それにこれまでのお医者様では治らなかったのですよね。そんなことよりも、コレット様を診察させていただきます。殿下とグイドさんは部屋から出て行ってもらって良いですか?」

「ああ、分かった……おい! こいつはどうするのだ?」


 部屋に残っている唯一の男性マリウスを指さす。


「マリウスはわたしの大事な助手です。それにこんな小さな男の子がいることに何の問題があるのですか? さあ、早く出て行ってください!」


 実際にはこの部屋にいる誰よりもマリウスが年を取っているのだが、リリスはマリウスの見た目を逆手にとって、部屋に残すようにした。マリウスにもコレットの症状を診てもらわなければリリスの診断が間違っていないか不安だったからであった。

 リリスはそうした考えを見せないようにジルの背中を押して部屋の外に追い出すと、ドアを閉めた。


「あ、あなたは誰?」


 ベッドのレースの向こうからか細い女の子の声が聞こえる。


「コレット、シャーロットですよ」

「ロッティ姉様?」

「そうよ。ここを開けてもいい? お医者を連れてきたのよ」

「……わかりました」


 シャーロットはそっと、レースを開くと痩せた女の子がベッドの横たわっており、そのベッドのサイドテーブルの上には食べかけのおかゆがあった。


「コレット様、リリスと申します。申し訳ありませんが、お体を拝見させていただいて、よろしいでしょうか?」

「……」


 リリスは、スカートの両端をくいっと持ち上げて、軽く膝を曲げて頭を下げて貴族らしくあいさつした。しかしコレットは布団をかぶって隠れてしまった。


「コレット、出てきなさい。彼女はわたくしの友人でもあるのですよ。信用して大丈夫ですよ」


 リリスはシャーロットの言葉に驚いた。今、私のことを友人と言ってくれた? リリスは思わず聞き直しそうになったが、確認は後で良いと思い直して、コレットに意識を集中する。

 シャーロットの言葉、部屋の様子からコレットの好きそうな話題を振ってみる。


「コレット様、お花は好きですか?」

「……好き」


 コレットは布団から、顔の上半分を出して答える。

 コレットの答えにリリスは優しい声で話をつないだ。


「この時期ですと、わたしはエーデルワイスが好きですね」


 リリスは跪き、目線をコレットに合わせながら、高い山に咲く、星のような形の白い花の話をし始めた。


「……私も好き」

「可愛くて、綺麗ですよね。じゃあ、コレット様はエーデルワイスの花言葉もご存じですよね」

「大切な思い出」


 顔色が良くなればとびっきり可愛くなりそうな小さな女の子が顔だけ布団から出てきて、愛らしい瞳でじっとリリスを見た後、小さな声でリリスの言葉に応えた。


「そうです。そしてもう一つの花言葉はご存じですか?」

「……」


 コレットは柔らかなオレンジ色の髪を左右に振る。


「エーデルワイスのもう一つの花言葉は勇気。それも高潔な勇気ですよ。エーデルワイスという言葉自体、高貴な白と言う意味ですから。あんな小さな花にそんな言葉が捧げられているのですよ」

「勇気?」


 コレットはリリスの瞳をまっすぐ見据えて、首をかしげる。


「ええ、勇気です。体が痛くて、つらいと思います。いくら医者に診てもらっても治らなくて、大変だと思います。でも、もう一度だけ勇気を出して、その体をわたしに診せてくれませんか?」

「でも、今の体は……恥ずかしい」


 そう言ってまた、コレットが逃げ込もうとする布団をシャーロットが逃がさないように捕まえる。


「コレット。待ちなさい! その引っ込み思案の所はあなたの悪いところですよ。さあ、勇気を出して!」


 そう言って無理矢理、布団を剥ぎ取ろうとする。

 それに抵抗するようにコレットはぎゅーっと布団を握りしめる。


「シャーロット様 (小麦)、おやめください。勇気とは強制するものじゃないですよ。自分で生み出す物です」


 リリスはシャーロットをたしなめて、コレットに向き直る。


「そして、コレット様だけに勇気を強要するのは不公平ですよね。それでは……」


 そう言ってリリスは、自分の服を脱ぎ始めた。

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