第16話 ジルとシャーロット

 リリスが馬車を降りると目の前に現れたのは、白磁の塔。

 真っ白な城は色あせない聖ネオトピア王国の象徴。そして贅を尽くした装飾をリリスは見上げてつぶやく。


「うちの屋敷はまるでウサギ小屋ね」


 今の家ではない。ロランド領にある実家の屋敷のことである。

 そもそも、貧乏な上、『衣と住は最低限。まずは安定した食を!』をリリスが掲げてから、屋敷は老朽化する一方だった。それは仕方がない。領民の生活が第一だと言い聞かせてきたが、次元の違う城を見せられて、現実をまざまざと思い知らされてしまう。

 生活に余裕ができれば、芸術など文化的な事にお金が回せる。いつか、ロランド子爵領にも文化の花を咲かせたい。この城を見て、リリスは自分の目標を再認識するのだった。


 リリス達は、すでにシャーロットが先触れを出していたため、あっさりと応接室へと通される。これはもちろん四大貴族の一人であるシャーロットがいるからでこその待遇だった。リリスが面会を申し込んで一ヶ月過ぎようが、その許可は下りないだろう。そんな相手が応接室に入ってきた。


「何の用だ、ロッティ。俺は、おまえと違って忙しい身なのだぞ」


 なにか、どこかで聞いた台詞を吐いた俺様王子は、リリスを見るなり詰問し始めた。


「なんだ? お前は? 何でここにいる?」

「ごきげんよう。ジル。実はわたくし最近コレットとお茶会をしていないと思いましてね。可愛い妹分に会いに来ましたのよ」


 シャーロットはジルの言葉を無視して、いきなり核心へと切り込んだ。


「花もきれいに咲きそろった時期ですし、いい機会だと思いまして」

「コレットは……ここにはいない。しばらく旅行に行っている」

「あら、初耳ですわね。それに、あの箱入り娘の旅行にあなたがついて行かないなんて、珍しいこともあるものですね。嫁ぎ先にも付いて行きそうなほど溺愛している妹と離れるなんて」

「俺は学院に行かねばならないからな……さあ、用事がそれだけならば、帰ってくれ」


 ジルは早々に話を切り上げようと語気を強めた。

 しかし、幼馴染みのシャーロットにはそんなものは関係なかった。


「では、どなたが病気なのかしら? わたくしが知る限り、ここ数ヶ月の間にあなたの親族で噂を聞かなくなったのはコレットだけでしたわよ」


 女の噂話情報網の恐ろしさを、同じ女であるリリスは初めて思い知った。病気まではさすがに隠蔽されているようだが、隠していることが逆にコレットだと特定できたようだった。

 貴族も庶民も女は噂話好きである。それは単純に話が好きだというのもあるが、特に貴族の女性はその情報量で女の世界を制している。情報量と正確さ。噂話の中のどれが悪意ある嘘で、どれが隠された真実かを嗅ぎ分けるのは女の本能なのかもしれない。


「そ、それはコレットが遠くへ旅行に出ているからだ。我が王家に病気で床に伏している者はいない」

「では、コレットはどちらへ行っているのですか? どういう行程で、何が目的で、いつまで行っているのですか?」


 シャーロットがたたみかける。ジルの表情の変化を見逃さないようにしながら。


「う、うるさい。極秘、そう、極秘の旅行のため、お前でもそれは話せない‼」

「……嘘ですわね」

「な、何を根拠に俺が嘘をついていると!」


 シャーロットがにやりと笑う。その姿を見て、今このとき、シャーロットが自分たち側の人間であって助かったとリリスは心底思った。


「企業秘密なので申し上げられませんが、あなたが嘘をつくときのクセが顔に出ていますよ」

「な⁉」


 そう言って顔を触るジルを見ていると、いつもの厳ついイメージからかけ離れて、面白いとリリスは思ってしまった。


「俺になにか癖があるのか?」


 そう言って後ろに控えている従者に確認するも、ただ首を横に振られるだけだった。


「さあ、観念して本当のことをおっしゃってください。わたくしも単なる興味本位で聞いているのではありません。ここにいるリリスさんがその病気に心当たりがあって、治療の手助けができるかもしれないと言ってくれているのです」


 シャーロットはとびっきり優しい声でジルに話しかける。まるで飴と鞭を使い分けるかのように。


「なに! 本当かそれは! いや、しかし……」

「コレット様はお病気で床に伏しております」


 悩む主人の代わりに従者のグイドが打ち明けた。


「グイド! 貴様!」

「はい、秘密を漏らしたのは私です。あなたの罪ではございません。それよりも、今の話が本当であれば、私の命一つなど安いものです」

「すまぬ」


 その言葉から、ジルよりも権力のある者、つまりは王か兄王子たちから口止めをされていたのをリリスは理解した。


「……いま、グイドが言った通りだ。コレットはこの春から病気で伏している。本当にお前が助けられるというのであれば、この通りだ。妹を助けてくれ」


 そう言って、名前すら覚えていない田舎貴族の娘に頭を下げる第三王子の姿がそこにあった。


「殿下、頭を上げてください。とりあえず症状を見てみないことには、はっきりしたことはわかりません。それにコレット様が助かっても、グイドさんが死んでしまっては意味がありません」


 ジルは、コレットとグイドの命を同等のように言うリリスに何か言いたかったが、コレットもグイドもジルには大事な人間だと言うことを思い直して、喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込んだ。


「じゃあ、話は決まりですわね。さあ、コレットの所に案内してちょうだい」


 シャーロットはそう言うと、真っ先に立ち上がった。

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