第15話 アノ人はシャーロット
「あーら、誰かと思えばリリスさんではなくて。まさか、今日これから小麦畑に行こうって言う話じゃないですよね。わたくし、あなたと違ってこれでも忙しい身ですのよ」
爽やかな緑に包まれ、色鮮やかな花々が甘い香りを放つ美しい庭園。手入れの行き届いた庭園の真ん中にある休憩用の小屋ガゼボで、優雅にお茶を飲んでいるシャーロットが、さっさと帰れと言わんばかりに冷たく言い放つ。
「お休みのところ申し訳ありません、シャーロット様。少しお願い事があって参りました」
リリスを見て冷たかったシャーロットは挨拶するマリウスを見るなり、抱きしめて頭をなでる。
「なになに? マリウス君。わたくしにお願いって何? リリスさんの所で働くのが嫌になってわたくしの所に来たいの? 大歓迎ですわ! カーラ! さあ、マリウス君の部屋を用意してちょうだい」
「かしこまりました。お嬢様」
「ちょっと、待ってください。シャーロット様 (小麦)。そうじゃないのです。ちょっと話を聞いてください。それからマリウスを離していただけませんか? このままでは窒息死してしまいます」
勝手に話を進めるシャーロットをなんとか押しとどめるリリスは、シャーロットの豊満な胸を顔に押しつけられて息ができずに真っ赤になっているマリウスをなんとか引き戻した。
「お願いというのは、至急、ジル王子 (軍事)に会わせていただけないでしょうか?」
シャーロットからマリウスを後ろに隠しながら、リリスはようやく本題を切り出した。
リリスの言葉を聞いたシャーロットは、急に興味をなくした顔になって背を向ける。
「帰ってちょうだい!」
「なぜですか?」
「わたくしはね。あなたは他の人とは違っていると思っていましたのに、がっかりです。所詮、あなたもジルに取り入って、あわよくば結婚でもと考えているような、浅はかな人間だったのですね」
「いえ、全然、まったく、ジル王子 (軍事)には興味はありません」
「え⁉」
シャーロットは驚いて振り向くとリリスが何を当たり前のことを……と言わんばかりに不思議そうな顔をして、話を続ける。
「ジル王子 (軍事)と仲良くなるよりも、わたしはシャーロット様 (小麦)と仲良くなりたいと思っていますよ」
「……ではなぜ、ジルに会いたいと?」
ここで、リリスは結局マリウスから詳しい話を聞かされていない事に気がついた。
言葉に詰まったリリスに代わって、その問いに答えたのはマリウスだった。
「シャーロット様、ジル王子の身内に病気の方はいらっしゃいませんか? それも重度の」
「わたくしは聞いていませんわよ」
「では、最近お見かけしていない方はいらっしゃいませんか?」
「イアン兄様もキース兄様も公務でお元気なのを見かけました……そういえば、今年に入ってからコレットを一度も見ていませんわ。わたくしも入学などで忙しかったから気がついていませんでしたが、ジルの妹のコレットを最近、見ていませんわね……あなた方はコレットが重度の病気だというのですか?」
マリウスの言葉の意味を理解し始めて、シャーロットの顔が青ざめていく。
「それはわかりません。ただ、ジル王子が薬を探して下町までやって来たのは事実です。そして薬屋に話した症状からすると重症かもしれません。しかし症状を聞く限り、手助けができるかもしれません」
「マリウス君、あなたって……」
いつもかわいいだけと思っていたマリウスが、大人びた声で説明する姿にシャーロットは驚いた。
「そう、主人が申しております」
「ちょっ!」
リリスは急に話を振られて否定をしようとするが、マリウスの厳しい視線に言葉を飲み込んだ。
「まあ、いいですわ。そういうことでしたら、ジルの、そしてコレットの所へ行ってみましょう。カーラ、ジルに先触れを出しておいてちょうだい。準備ができ次第、行きましょう」
シャーロットはいつも隣にいる従者に指示を出して、出かける準備を始めた。
その間、待合室で待っているリリスはマリウスに先ほど言えなかった文句を言う。
「マリウス様、どういうことですか。わたしの指示だなんて、そもそもその王子の妹はどんな病気なのですか?」
「仕方がないじゃろう。気に入られているとは言え、従者の儂の言葉を信じないじゃろうから……ましてや王子に説明するときに、貴族のおまえから説明しないと話を聞いてくれないぞ」
「そうかもしれないですけど……それで何の病気を疑っているのですか?」
説明役を引き受けるにしても、病名すらわからなければ、説明のしようがなかった。
マリウスがロランド子爵領に身を寄せてから、リリスはいろいろな知識を教えてもらっていた。
リリスは治水や農業など直接的かつ広域に領地に役立つ知識を欲した。しかしマリウスはそれ以外にも、医学、経済学などの基礎も教え込んでいる。それによって、リリスはすでに、並の十五歳では考えられない知識を身につけていた。
しかし、知識はあるが、経験はない上に、その知識自体、マリウスの足下に遠く及ばない。そのため、リリスの今の実力では、症状を聞いただけでは病名にまで思い至らなかった。
「……いい機会だ。よく思い出してみなさい。この病気は故郷の領民にも起こりうる病気だよ」
「そんな~」
そもそも、ジルが絡んできている時点で、リリスは乗り気でなかった。しかし、病気の女の子を助けたいという気持ちはもちろんある。マリウスはすでに病気の種類を推測して、おそらく治療法まで考えている。ならば自分が出る幕はないのではないだろうか? リリスはそんな風に考えていた。ただ、マリウスの操り人形になっていればいいと。
しかし、それが突然、問題を出された生徒と先生の関係になってしまった。
気持ちを切り替えようと、両手で自らの頬を叩いて気合いを入れ直す。
「わかりました」
リリスは得られた情報を整理し直し、自分の知識と照合しようとしたとき、待合室のドアがノックされた。
「リリス様、マリウス様。お嬢様の準備が整いました」
従者のカーラに案内されて、すでにシャーロットが待っている馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き始めた。
リリスは平然としながら、必死で頭の中の医学書を検索していた。その時、シャーロットが話しかけて来た。
「リリスさん、あなたに確認しますが、もしもコレットが病気だった場合、本当に治せるのですね」
シャーロットにもコレットの病気は知らされていない。それが本当ならば、王家内で隠匿しているのだろう。それを頼まれてもいないのに、確認すると言うことは、『病気ですね。お大事に』では済まされない。最悪、リリス一家は口封じのために処刑という事態も考えられる。
シャーロットにとっても、ただゴシップ気分の女を連れてきたと言うことであれば、何らかの罪に問われる可能性が大きい。
「最終的には診断をしなければなりませんが、わたしが考えている病気であれば、回復することは可能です」
病気の候補はあるが、まだ確信が持てない。実際に患者を診て、聞き取りを行わなければ、最後のピースが埋まらない。しかし、乗りかかった船である。今更、弱気になったところで、なにも進展しない。そして、もしもアノ病気だった場合、王族の姫が田舎貴族の言うことを聞いてくれるかが、最後の難関だろう。
リリスは表向き平静を保ち、シャーロットと話しながらもなお、頭の中ではマリウスに教わった医学の知識をフル稼働させていた。
「着きましたわ」
シャーロットの言葉に、リリスは王宮に着いたことに初めて気がついた。それくらいリリスは集中していた。
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