第9話 零奈の気持ち

 目が覚めると、あたりは夕方の光に包まれていた。俺は、さっきまでバトルをしていた広場のベンチで眠っていた。


 ベンチまでは、楓の執事さんが運んでくれたみたいだ。


「——そういうわけだから、試合は中断。まっ、あのまま続けてたら、私が勝ってたけどね」


 言い返そうと思ったけど、疲れてそんな気力はない。

 

 それに、零奈のニコッと笑ってる表情を見たらそんな気持ちは吹き飛んだ。


「じゃあまた、今度バトルしようぜ!」


 そんな風に笑って零奈に言うと、恥ずかしそうにほっぺたをかいて、俺から顔を背けている。


 どうしたんだろうと思っていると、楓が笑いながら言った。


「零奈ちゃん、逢坂さんが目を覚ましたら言うことあるんですよね」

「ちょっと、楓!」


 笑っている楓に、慌てている零奈。


「俺に言いたいことってなんだ?」


 零奈を見ると、さっきよりも顔を真っ赤にして下を向いたけど、少ししてから顔を上げた。


「さ、さっきのけん玉勝負すっごく楽しかったわよ!」


 それから、零奈はそのままの勢いで続けた。


「……逢坂、私またけん玉バトルすることに決めたから!」


 涙目で、なんだか怒ったように声を張り上げて零奈が叫んだ。


 でも、その声には、今までみたいな意地っ張りじゃなくて、零奈のまっすぐな気持ちがこもっているように感じた。


 言い終わったら、零奈は俺から顔を背けて黙ってしまった。


 首を傾げている俺に、楓が答えてくれた。


「零奈ちゃん、逢坂くんが努力を認めてくれたこと、とても嬉しかったんですって。逢坂くんが寝ている時に話してくれました。でも——恥ずかしくて、まともに言えないみたいですね」

「か、楓、それは言わないでって言ったでしょ!」


 零奈は今まで見たことないくらいに焦っている様子だ。


「アレ? そんなこと言いましたっけ? 忘れちゃいました」


 零奈はあたふたとどうしようとしているけど、俺は零奈の手を握った。


「そっか、また、けん玉やろうって思ってくれたんだな! 俺、すっごく嬉しいよ!」


 笑顔で言うと、零奈はまるで顔からぽんっと湯気が出たかのように顔が真っ赤になって黙り込んでしまった。


 でも、すごく小さな声で「ありがとう」って言ってくれたのはすごく嬉しかった。



 零奈と楓はもともと遊ぶ予定だったみたいだけど、今日は零奈のけん玉バトルを見れたとのことで楓は満足そうに帰っていった。


 そして、俺と零奈は再び片瀬けん玉教室へと戻ってきた。


 教室にはまだ燈弥もいて、けん玉の練習をしているところだった。


「剣城おかえり——げっ、お前も一緒かよ」


 燈弥は零奈を見て不機嫌そうな顔になった。さっき、嫌なことを言われたから仕方がないかもしれない。


 零奈も燈弥の顔を見て少しドキッとした表情になっていたけど、スタスタと燈弥のそばまで歩いて行って頭を下げた。


「な、なんだよ」

「さっきは失礼なこと言ってごめん。アンタたちが楽しそうにけん玉してるの見て、悔しくて……」


 燈弥は少し驚いた様子だったけど、頭の後ろに手を当てて零奈のことを許していた。


「べ、別に……いいけどさ」


 そんな俺たちの様子に気づいた片瀬さんが、部屋の奥からやってきた。


「おや、零奈ちゃんと剣城くん、戻ってきたんだね——って、どうしたの、零奈ちゃん」


 零奈がいきなり頭を下げたから、片瀬さんもびっくりした様子だ。


「……お父さんも、最近冷たく当たってごめんなさい。お父さんが悪いわけじゃないのに、私……勝手に怒って……」


 そんな零奈の頭に片瀬さんはポンっと手を乗せた。


「父さんは気にしてないよ——」


 と言って、ちらっと俺のことを見て、それからまた零奈に顔を戻した。


「——父さん、零奈ちゃんの悩みを救ってくれるヒーローが、きっと現れてくれるって信じてたからね」


 ヒーローってもしかして……


 燈弥が俺のことを肘で突いてきた。


「剣城、ヒーローだってよ!」

「な、何言ってんだよ! 俺は別に——」


 そんなふうに言われたのは初めてだった。


 胸の奥が熱くなる。


 嬉しくて、恥ずかしくて、どうしたらいいかわからないと思っていると、零奈が目をうるうるさせて俺の方を向いてきた。


「逢坂、本当にありがとね」

「う、うん」


 笑顔で言う零奈を見たら、全身が熱くなって、それ以上俺は何も言えなかった。

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