第2話 零奈と口論

 試練場を出ると、教室の奥から同じタイミングで零奈が出てきた。服装は白いTシャツにシャツを羽織り、ジーンズという格好だ。


 ショルダーバッグを下げているから、どこかに出かけるところだったのかもしれない。


 零奈は俺たちのことを見て、顔をしかめていた。


「……朝早くから、こんなところに来るなんて、よほど暇なのね」


 肩をすくめて、やれやれと言った仕草を見せている。


 そんな様子に少しムカッとしたけど、以前の零奈の表情を思い出す。ちょっと悲しそうな、そんな表情に俺は見えた。


 ——なにか、言えないことでもあるのか?


 俺としてはそんなふうに思っていたけど、燈弥は今の零奈の言葉に怒った様子で、声を張り上げた。


「暇じゃねえよ! 俺たちは、けん玉バトルをするって目的があってきたんだからな!」

「……だから、それを暇って言うんじゃない」

「なんだと!」


 燈弥と零奈が睨み合っている。二人の視線の間には聞こえないけど、バチバチと言っているように感じる。


 ——こういう時、堅翔がいてくれたら割って入ってくれるんだけどなぁ……


 だから、大事になる前にいつもケンカはおさまって、仲直りができる。


 ——堅翔がいない今日は俺がやるしかない!


 咳払いをしてから、俺は二人の間に割って入った。


「まぁまぁ——」


 と言った瞬間に二人から声を上げられた。


「剣城は黙ってろ!」

「あんたは黙ってて!」


 二人の恐ろしい剣幕に俺は、「ご、ごめんッ!」と叫んで、すぐさま退いた。


 ——堅翔はこんなふうに言われても怖くないのか!?


 バトルギアの中から、ユキトが励ましてくれた——が、そんな中でも燈弥と零奈の言い合いは続いていく。


「さっきだって、お前の父ちゃんの試練に合格したんだぜ! すげえだろ!」


 バトルギアを見せて称号を獲得したことを燈弥は零奈に見せていたが、零奈は冷たく笑い返した。


「お父さんの試練なんて……あんなの誰だって合格できるわよ。むしろ、あんな試練を一回落ちたことを恥ずかしいと思いなさいよね」

「……お、お前!」


 今の零奈の一言に燈弥は、手をぎゅっと握って、顔を赤くしている。すごく怒っている様子だ。このまま手が出そうに感じてしまった。


 だけど——


「……ちょっと待てよ、それは言い過ぎじゃないか?」


 ——零奈の言葉に、俺は思わず言い返していた。


 言い合いを止めないといけないと思っていたけど、零奈の燈弥をバカにするような言葉に、俺は我慢できなかった。


「燈弥は早く強くなりたいって焦ってたんだ! だから、色々見えなくなってた……」

「……つ、剣城」


 俺が真剣に零奈に言ったからか、燈弥が少し落ち着いたようだ。


 零奈は俺から顔を背けて、腕を組んでいるけど、俺は気にしないで伝えたいことを伝えることにした。


「でも、けん玉バトルを通じて変わった。だから、片瀬さんの試練にさっき合格できた。一回落ちたことを恥ずかしいと思えだって? 燈弥に謝れよ!」


 零奈に詰め寄ると、零奈のショルダーバックからかすかに声が聞こえた。なんて言ってるのかはわからない。


 零奈は、ショルダーバックを胸元にギュッと引き寄せてつぶやいた。


「……ヤエは黙ってて」


 それから、ちらっと俺の方を向くと零奈は口を開きかけて、何かを飲み込むように俺から視線を逸らした。


 でも、我慢しきれなかったのか、目からは、ぽろっと涙がこぼれていた。


 ——しまった、ちょっと言いすぎた!


 頭の後ろに手を当てていると、燈弥が小声で「剣城、嬉しかったぜ。ありがとな」って言ってくれたからちょっと安心した。


 だけど、言いすぎてしまって泣かせちゃったのは謝らないといけない。


 そのことを伝えようとしたけど、その前に零奈が震える声でぽつりとつぶやいた。


「私だって……」

「えっ?」

「私だって、本当は——」


 言いかけて、試練場から片瀬さんが出てきた。その様子を見た零奈は腕で顔を拭いた後で、一目散に教室を飛び出した。


「お、おい!」

「えっ、ちょっと、これはどう言う状況!?」


 片瀬さんは飛び出した零奈を見て、それから俺たちを見てきた。


「一体、何があったんだい?」


 という片瀬さんの言葉と共に、教室の扉がゆっくりと開いた。


 入ってきたのは、ピンク色のふわふわした髪をツインテールに結んだ、どこかおっとりした雰囲気の女の子だった。高そうな洋服を着ているから、お金持ちなのかもしれない。


 女の子はほっぺたに手を当てて、何かを考えている様子だ。


「こんにちは。玲奈ちゃんをお迎えに来たんですけど、泣きながら走り去っていってしまって——あら? なんだか、不穏な雰囲気ですわね?」


 誰だろうと思っていると、片瀬さんが女の子に挨拶をしていた。


「や、やぁ楓ちゃん。ちょっと取り込み中というか……」


 きょとんとしている様子の楓をよそに、俺は今までのことを片瀬さんに伝えることにした。

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