第3話 ちゃんと謝りたい

 俺は、試練場から出たところで零奈と遭遇して、言い合いになったことを片瀬さんに伝えた。


 伝えている中で、零奈のことを俺が泣かせてしまったことを伝えると、なんてことをしてしまったのだろうと思って涙が出てきそうになったから、帽子のつばをギュッと握って下を向いた。


「……ごめんなさい。俺が、怒鳴って泣かせちゃったんです」

「つ、剣城は悪くないぞ! あいつが俺のことだせえって言ってきたのを怒ってくれたんだ!」


 燈弥は俺のことを庇ってくれるけど、それでも俺が怒鳴って泣かせたことには変わらない。


 怒られるのは覚悟している。


 ——だけど、零奈にはちゃんと謝らないといけない。


 そんなふうに思っていると、片瀬さんがいつもの優しい声で言った。


「……そっか、そんなことがあったんだね。剣城くん、顔をあげて」


 泣きそうな時に片瀬さんの優しい声を聞くと、安心してもっと涙が出そうになる。


 ただ、泣きそうな顔を見られるのは恥ずかしいから、帽子のつばを深く下げて、泣き顔が見えないようにしながら顔をあげた。


「零奈ちゃんが二人に迷惑をかけたね。ごめんよ」

「俺も……ごめんなさい」


 燈弥は片瀬さんが謝ったからか、何か言いたそうにしていたけど堪えていた。そんな燈弥の様子を見て、片瀬さんは微笑んだ後で俺の頭に手を乗せてきた。


「剣城くんは悪くないよ。燈弥くんに対する言葉は言っちゃいけない言葉だ。しっかりと怒ってくれて嬉しいよ」

「…………」


 そんなふうに言われたら、俺はもう涙を堪えることができなかった。



 燈弥はもう少しけん玉の練習をすると言っていたけど、俺は零奈に怒鳴ってしまったことを謝るために、零奈を探そうと思って教室を出た。


 片瀬さんは零奈を泣かせたことを許してくれたけど、泣かせてしまって謝らないでいることを俺が自分を許せなかった。


 だから、今は零奈のことを探しているんだけど——


「北條さんも手伝ってくれてありがとう」

「お気になさらず。私も、零奈ちゃんが心配なんですよ」


 俺が零奈に謝りたいってことを片瀬さんに伝えると、楓も一緒に探してくれることになった。


 話しながら自己紹介をした。名前は北條楓と言って、栄永市でも有名な私立の女子小学校に通っているって言っていた。


 スマホも持っていると言うことで連絡はしてくれたけど、一向に連絡はつかないとのこと。


「それに——」


 と言って、楓はどういうわけか俺のことをじっと見た後で微笑んだ。


「——なんとなくですけど、逢坂さんでしたら、零奈ちゃんを助けてあげられるかもしれないって思うんですよね」

「助けるって……やっぱり、零奈は何か困ってるのか?」


 楓を見ると、ほっぺたに手を当てた。


「零奈ちゃんは、何に困っていると思いますか?」


 楓の問いかけに、零奈の何か困っている気持ちを感じていたのに、怒ってしまった悔しさを思い出して、俺は立ち止まって手をギュッと握った。


「……何に困っているのかはわからない。でも、昨日も零奈は俺たちに突っかかってきた時の表情が、なんだか困ってるように見えたんだ」


 俺が感じたことを伝えると、楓は「そうですか」と悲しそうな表情でつぶやいた。それから、楓は空を見ながら続けた。


「零奈ちゃん、本当はけん玉もけん玉バトルも大好きなんです。零奈ちゃんとヤエちゃんの二人は絆もとても深くて、いつも楽しそうにバトルをしていたんですよ!」


 顔を俺に向けた時の楓の表情は、本当に嬉しそうな感じだ。


「練習も人一倍頑張って、色々な人とのバトルにも勝っていました」


 ——北條さんは零奈のこと、本当に好きなんだな!


 そんなふうに思っていると、不意に楓の表情が曇った。


「ですが、あることが起きてしまったんです」


 そして、俯きながら喋り出した。


「零奈ちゃんのお父様はけん玉教室の室長で試練監督でもある剣術師です。零奈ちゃんは誰よりも努力して強くなったのですが……心無い人からのすごい剣術師の娘だから強いのは当然だ、などと言う発言を受けて傷ついてしまった零奈ちゃんは……」


 語りながら楓はとうとう泣き出してしまった。


 ——ど、どうしよう!


 楓が泣き出してしまったからどうしようかと思っていると、楓はスカートのポケットからハンカチを取り出して涙を拭いた。


「ご、ごめんなさい、零奈ちゃんのあの時の表情を今でも忘れられないんです——」


 それから胸に手を当てて深呼吸をした後で楓は言った。


「——私は、零奈ちゃんが努力して強くなったのを知っています。ですが、それを知らない人たちは零奈ちゃんを傷つけ、零奈ちゃんからけん玉の楽しさを奪ったんです!」

「…………」


 俺は楓の話を聞いて、思わず手をギュッと握っていた。


 ——そっか、そんな事情があったのか……


 だから、昨日も今日も俺たちが楽しそうにしていたから零奈は突っかかってきたのか。


 本心はわからないけど、俺たちと一緒にけん玉をしたかったのかもしれない。けん玉バトルをしたかったのかもしれない。


 そんな気持ちも知らずに、俺は零奈に怒鳴ってしまった。


 ——やっぱり、絶対に俺は零奈に謝らないといけない!


「……北條さん、絶対に零奈を探し出そう!」

「はい! ——あっ、逢坂さんいいお知らせです! 私の執事の一人が栄永の森駅の側で零奈ちゃんを発見したと連絡がありましたわ!」

「よっし、じゃあ行こう! ——ってちょっと待て、執事の一人ってどういうことだ?」

「はい、どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない……」


 さすがは有名私立女子小学校の生徒だ。やっぱり、お金持ちなのかもしれない。


 俺はきょとんとしている楓を見て苦笑いを浮かべるしかできなかった。


 ——でも今は、それよりも零奈に、ちゃんと謝って、ちゃんと話したい!


 そんな気持ちが、胸の奥で強くなっていた。

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