【26】紀藤恒明からの取材記録 2025年8月9日(土曜日)

以下は神戸日日新聞社会部記者五十嵐慎哉いがらししんやによる、紀藤恒明きとうつねあき氏への取材時の録音記録である。

尚、録音に関しては、神戸日日新聞社の取材規定に則り、事前に取材対象者からその旨了解を得ている。


***

「紀藤さん、本日は取材に応じて頂いてありがとうございます。

それから、息子さんのことでは、さぞかしご心労が多いこととお察しします」


「あなたは他の記者の方のように、私を非難されないんですね。

他の記者の方からは、息子の仕出かしたことを、親としてどう思うかと散々訊かれましたけど」


「それは私もテレビで拝見しましたので、改めてお訊きするつもりはないんです。

私は取材申し込みの時にお話ししましたように、息子さんからある調査を依頼されてて、それを完遂させるために、こうしてお伺いしたんです」


「そうでしたね。息子がどういう調査を依頼したのかは分かりませんが、出来るだけの協力はさせて頂きます」


「ありがとうございます。

あまり思い出したくないこともお訊きすると思いますけど、ご容赦下さい。

そしたら早速ですが、奥様の美恵子さんが亡くなった前後のことをお訊きします。

実は先日美恵子さんの妹さんから話をお聴きしたんですけど、美恵子さんが亡くなられた当時、ご両親の康雄さんとすゑ子さんとの間で、深刻なトラブルがあったそうですね?」


「はい、その通りです。

私が不甲斐ないばかりに、美恵子を追い込んでしまったんです。

私の両親は、私と美恵子の結婚に猛反対していました。

彼女が寡婦で既に子供がいたというのが、反対の理由でした。

しかし私はどうしても美恵子と結婚したかったので、駆け落ちも辞さないと両親にせまったんですよ。

その結果父が渋々折れて、母も仕方なく首を縦に振ったんです。


しかし無理はやはり良くなかった。

智恵子さんでしたか。

彼女から聴かれたと思いますが、二人とも寄ってたかって嫁いびりを始めたんです。

最初は私も、何とか美恵子を庇おうとしたんですが、無理を押し切って結婚した負い目があったので、両親を抑え切れなかったんです。

今となっては言い訳に過ぎませんけど」


「ご両親の矛先は、宗也さんにも向いたそうですね?」


「そうです。最初の頃は私も気づかなかったんですけど、美恵子に言われて初めてそのことが判ったんです。

さすがにそれは駄目だと思って、両親に止めるよう頼みました。

するとそれが逆効果になって、益々エスカレートしていったんです。

私の両親にとって、血の繋がらない宗也は、孫でもなんでもなかったんです」


「それにしてもご両親のなさりようは、ちょっと度が過ぎてるように思うんですけど、何か理由はあったんですか?」


「私の両親は二人とも中学校の教師で、父は国語を、母は英語を教えていたんです。

私が結婚した頃には、既に引退して久しかったのですが。

今思えば、二人は異常に世間体を気にする所があって、私が寡婦である美恵子を娶ったことを、秘かに恥じていたんだと思います。

二人とも妙なプライドを持っていましたから。

それに加えて私の母は、一人息子の私を溺愛している部分があって、一層怒りに拍車が掛かったんでしょうね。

本当に詰まらない理由です。

それを止められなかった私に、彼らを非難する資格はないかも知れませんが」


「美恵子さんと宗也さんを連れて、ご両親と別居するという選択肢はなかったんですか?」


「勿論私も別居を考えなかった訳ではなかったんですが、父が結婚を許す時に、必ず同居するという条件を付けたんです。

当時紀藤家の生計は私の収入に頼っていましたから、恐らくそれを失うのが怖かったんでしょう。

あんな二人でも親でしたから、捨てることが出来なかったんですよ。

これも言い訳に過ぎませんが」


「当時の事情は分かりました。

それでは、美恵子さんとすゑ子さんのご遺体を発見された時のことを、教えて頂けますか?

確か紀藤さんが第一発見者やったんですよね?」


「はい、そうです。

あの日私と父は、それぞれ外出していました。

そして先に帰宅した私が、和室で倒れている母と、鴨居に紐を掛けて首を吊っている美恵子を発見したんです。

私は慌てて美恵子を畳の上に降ろしましたが、既に息をしていませんでした。

母は血塗れで、一見して手遅れだということが判りました。

そして当時五歳だった宗也は、床に座り込んで、あらぬ方向をじっと見ていたんです。

畳の上に血塗れの包丁が落ちていましたし、美恵子は大量に返り血を浴びていましたので、何が起こったのか一目で分かりました。

後で警察の方から聴いたのですが、母は腹部や胸部を、二十か所以上も刺されていたそうです。

多分溜まりに溜まった怒りが爆発したんでしょうね。

美恵子の両手は、血で真っ赤に染まっていました。

恐らく両手で包丁を握って、何度も母を刺したのでしょう」


「今紀藤さんは、溜まりに溜まった怒りが爆発したと仰いましたが、ちょっと違うんやないですかねえ。

美恵子さんの立場からすれば、怒りの限界に達したんやったら、宗也さんを連れて家を出たら済むことやったと思うんですよ。

せやからその時に何か、すゑ子さんが美恵子さんの怒りを爆発させるようなことがあったんやないですかねえ」


「そうかも知れませんが、今となってはそれを知ることも出来ません」


「確かにそうですね。

美恵子さんが亡くなった時の状況については、よく分かりました。

それでその事件の後、宗也さんと康雄さんの間の関係はどうやったんですか?」


「はっきりとは分からなかったんですが、後になって思えば、父による精神的な虐待は続いていたようです。

父と接する時、宗也の態度が何となく別人になったように見えましたので。

ただ、美恵子の実家から宗也を引き取りたいという申し出があった時に、父が猛反対したのです。

その時は、父にも宗也に対する愛情が、少しは芽生えたのかなと思っていたのですが、今思えばそうではなかった気がします」


「確か紀藤康雄さんは、震災で亡くなったんですよね?」


「はい、そうです。倒壊した家屋の下敷きになって。

私はあの日学校の当直で家にいなかったのですが、宗也も父と一緒に瓦礫の下に生き埋めになったんです。

幸い宗也は殆ど怪我もなく、二日後に救出されましたが」


「そういう事情やったんですか。よう分かりました。

それで震災後の宗也さんは、どうやったんでしょう?

何か性格が変わったとか、そういうことはなかったんでしょうか?」


「そうですね。元々が大人しい子だったんですけど、一層無口になった気がします。

震災直後は何かに怯える様子が見られましたが、それも徐々になくなって来ましたね」


「何に怯えてたんでしょうね。やっぱり地震の後遺症やったんでしょうか?」


「地震そのものに怯えていたのでは、なかったような気がします。

あの後続いた余震は、それ程怖がっていませんでしたから。

瓦礫の下で過ごした時に、何かあったのかも知れませんが、本人は何も言わなかったので」


「そうですか。中学生の頃はどうやったんですか?」


「中学に上がる頃には、かなり落ち着いていましたね。

友達も出来たようでしたし」


「夜になって出歩くようなことは、なかったんでしょうか?」


「宗也は本人の希望で、中学一年の時から学習塾に通っていましたので、夜に家にいないことはありました。

塾に居残って遅くまで勉強していることもありましたが、夜遊びをするようなことは、なかったですねえ」


「そうですか。ところで、宗也さんが中学一年の当時、紀藤さんのお宅にパソコンはありましたか?」


「ええ。私が自宅で仕事をするために買ったデスクトップがあったと思います」


「それを使って宗也さんが、インターネットを見てたということはありませんでしたか?」


「私の前では使ってなかったですね。

ただ使い方は教えたので、私の留守中に閲覧してるようなことはあったかも知れません」


「分かりました。ところで宗也さんは高校から私学に行かれたんですよね?」


「そうです。本人の希望で京都にある、全寮制の学校に進学しました。

その後も京都の大学を出て、大阪で就職しましたので、神戸に帰って来たことは、数える程しかありません。

最近では年に数回、私からメールで連絡を取るくらい、遠ざかってしまっていたのです。

今更遅いですが、宗也があんなことを仕出かす前に、もっと私から積極的に関われば良かった。

私は宗也を恐れていたんだと思います。

私の両親の迫害から、彼の母も彼自身も守ってやれなかった。

だから宗也は、私から離れるために、私学に進む道を選んだのだと思います。

それ以降も神戸に帰って来ないのは、私から離れていたいのでしょう。

私の自業自得だとは思いますが、このままでは美恵子に顔向け出来ない」


「…」


「すみません。取り乱してしまいました。

他に何か、お訊きになりたいことはありますか?」


「いえ、お訊きしたいことは十分伺いましたので、これで終わりにさせて頂きます。

今度宗也さんの初公判があるそうですけど、傍聴にいかれますか?」


「はい、そのつもりです」


「私が言うのも何ですけど、傍聴に行かれたら、またマスコミから色々と非難じみた質問をされるかも知れませんよ。

被害者の遺族も傍聴されるでしょうし」


「それも覚悟しています。

情けない親ですが、せめて最後まで見届けてやらないと。

それに被害者の遺族の方には、直接お詫びしたいと思ってますので」


「そうですか。覚悟を決めておられるんやったら、僕からこれ以上申し上げることはありません。


僕も当日は傍聴するつもりですので、またその時お会いしましょう。

今日はありがとうございました」

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