【17-2】調査結果報告(2) 2025年5月18日(日)
その事件というのは、私が中学三年の時に起きていました。
その名前を聞いた瞬間、何故だかその先生のことを思い出してはいけないという、強い思いが沸き起こってきたのです。
理由は分かりませんが、それはとても強い思いでした。
「糸谷先生は瓦礫の崩落に巻き込まれて、圧死しはったらしいんですけど、その事故の後に、また<廉井徳夫>の噂が立ったそうなんです。
せやけどその噂の中身が、それまでの二つの事件の時とは随分違ってたみたいなんですよ。
つまり<廉井徳夫>の正体は実は糸谷先生で、先生が事故死したことで<廉井徳夫>もいなくなったという話やったんです」
私は五十嵐さんの説明を聞いて、愕然としてしまいました。
<廉井徳夫>の正体が糸谷という先生で、彼の事故死によって<廉井徳夫>も消滅した。
では私の宿泊先に伝言メッセージを残したのも、私の携帯電話にメッセージを残したのも、糸谷という先生の幽霊だったと言うのでしょうか。
「紀藤さん、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
五十嵐さんのその言葉に、私は我に返りました。
そして私が「大丈夫です」と答えると、彼は話を続けたのです。
「確かにその噂が事実やったら、前の二つの事件の時の噂と整合性が取れるんですわ。
つまり花山さんや薄永先生を殺害したんが、<廉井徳夫>、つまり糸谷先生やった言うことですね。
けど逆に分からんことも多いんですよ。
まず二人を殺害した動機が分かりませんし、他にも花山さんの事件の時に、どうやって苅田さんのポケベルを入手したのかとかね。
疑問は色々あるんですわ。
勿論夏休み中とは言え、先生方は学校に出て来てたでしょうから、事件の当日ポケベルを盗む機会がなかったとは言えませんけどね。
そして何よりも、誰がそのことを知ってて、噂を流したんかいうことが、噂を流す目的も含めて全然分からんのですよ。
仮に糸谷先生自身が、自分の犯行を胡麻化すために流したんやとしても、三回目の噂は彼が亡くなった後のことですからね。
それはあり得んのですわ。
つまり糸谷先生以外の誰かが、噂を流したことになるんですよ。
すると、その人が噂を流す意味が解らんのです。ただしかし」
五十嵐さんがそこで言葉を切ったので、私は思わず身を乗り出していました。
すると彼は真剣な表情で口を開いたのです。
「僕は思うんですけどね。
<廉井徳夫>という名前を使って、紀藤さんに伝言メッセージを残したんは、20年前にその噂を流した人物やないんですかねえ。
つまり<廉井徳夫>と名乗る人物は、現実に存在するということなんですよ。
それに関連してなんですが、
若山さんのこと、憶えてはりますか?
紀藤さんの同級生の方なんですけど」
私はその名前の記憶がなかったので、憶えていないと答えました。
すると五十嵐さんは、「そうですか」と少し残念そうに言った後、
「ところで紀藤さんが<廉井徳夫>から伝言メッセージを受け取ったのは、どこのホテルやったんでしょうか?」
と、意外な質問を投げ掛けて来たのです。
私は常日頃、出張には大手ビジネスホテルチェーンのSSホテルを利用しています。
そのことを伝えると、五十嵐さんはまたも意外なことを口にしたのです。
「実は若山さんは、三宮のSSホテルに勤めてるそうなんですよ」
彼のその言葉の意味に、私は瞬時に思い至りました。
SSホテルの従業員であれば、ホテルのシステムから私の宿泊日と宿泊先を知ることが出来る筈なのです。
そして私はホテルの連絡先に、私の個人携帯の番号を登録しているのです。
つまり私の個人携帯の番号を、SSホテルの従業員は知ることが出来るのです。
五十嵐さんは、その若山という人物が<廉井徳夫>の名を使って、私にコンタクトして来たと言いたいのではないしょうか。
それならば同級生の中に<廉井徳夫>がいたという、私の記憶とも一致します。
すると私は中学生の頃、若山が<廉井徳夫>を騙っていたことを、知っていたことになります。
それが事実であれば、花山さんや薄永先生を殺した犯人は、糸谷という先生ではなく、<廉井徳夫>、つまり若山であるということになります。
つまり若山は自身の罪を、事故で亡くなった糸谷先生に
<廉井徳夫>に関する噂が事実であれば、そうなる筈です。
あるいは若山は<廉井徳夫>ではなく、単に糸谷先生の犯罪を知っていて噂を流していただけなのかも知れません。
すると彼が何故その事実を知っていたのか、何故噂を流す際に<廉井徳夫>という名前を使ったのかが分かりません。
そして何よりも、若山が何故今頃になって<廉井徳夫>の名前を使って私にコンタクトを取って来たのか、その理由に思い当たる節が全くないのです。
様々な思いが私の頭の中を駆け巡り、私は混乱に陥ってしまいました。
そんな私の様子を真剣な表情で見つめていた五十嵐さんは、やがていつもの笑顔に戻ると、
「若山さんとの面談結果は、また追って報告させてもらいますね」
その言葉に我に返った私は、「よろしくお願いします」と彼に頭を下げました。
何と言っても、ここまで事実が
しかしその時、五十嵐さんの口から、思いもしない言葉が飛び出したのです。
「紀藤さん。今回の件とは関係ないんですけど、
その名前を聞いた私に、<廉井徳夫>の名を伝言メモで見た時と同じ衝撃が走りました。
<イトウスヤコ>
確かにその名前には記憶があります。
いや、<廉井徳夫>の時と同様に、その名前を聞いたことで記憶が惹起されたのです。
今五十嵐さんの口から聞くまで、その名前は私の記憶の奥底の、一番深い場所に沈んでいたのです。
しかしその名前が何を意味するのか、私には思い出すことが出来ません。
ただ<イトウスヤコ>というその名前が、何故か思い出してはならない忌まわしい響きを帯びて、私の頭の中を駆け巡ったのです。
私が言葉を失っていると、五十嵐さんは笑顔で席を立ちながら言いました。
「もし思い出されたら、次の機会に教えて下さい。
そしたら今日は、これで失礼しますわ」
そう言って立ち去る彼の後姿を、私は呆然と見送るしかありませんでした。
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