【14】東灘警察署寺山浩一刑事からの取材記録(承前) 2025年5月14日(水)

以下は神戸日日新聞社会部記者五十嵐慎哉いがらししんやによる、兵庫県警東灘警察署寺山浩一てらやまこういち刑事への取材時の録音記録である。

尚、録音に関しては、神戸日日新聞社の取材規定に則り、事前に取材対象者からその旨了解を得ている。


***

「次は<神戸市立東中学校教師刺殺事件>やな。

これについても、ある程度調べはついてんねんやろ?」


「はい、概要は調べて来てます」


「そしたら掻い摘んで話すから、分からんことあったらその都度訊いてくれるか?」


「すみません。お願いします」


「まず被害者やけど、薄永登紀子うすえときこ、事件当時の年齢は46歳。

職業は神戸市立東中学校の英語教諭。

事件の発生日時は平成13年7月3日午後7時45分頃。

学校から帰宅途中、東灘区の路上で犯人に襲われて、腹部を刺され死亡したというのが、事件の概略やね。

ここまではええかな?」


「はい、続けて下さい」


「犯人は被害者と同じ神戸市立東中学校二年二組の生徒で、名前は高木翔たかぎしょう

事件当時の年齢は14歳。

知っての通り、事件の前年の平成12年4月1日付の少年法改正で、刑事犯の対象年齢が16歳以上から14歳以上に引き下げられたことで、高木は東灘署に逮捕されることになったんや」


「警察はどうやって、犯人を特定出来たんですか?」


「決め手になったんは、被害者周辺の訊き込みやったみたいやね。

被害者の薄永登紀子うすえときこは、どうも生徒の評判が散々やったらしくてな。

授業中に皆が見てる前で、勉強出来ん子をボロクソにこき下ろしたりしてたそうなんや。

それで恨み持ってる生徒がやらかしたんちゃうかいうて、生徒への訊き込みを続けて、最終的に容疑者として絞り込まれたんが高木やったみたいやね」


「薄永さんの評判が悪かったんは僕も聞きましたけど、それだけの理由で中学生に捜査範囲を絞り込んだんですか?」


「勿論、学校以外の被害者周辺の訊き込みも、並行して行われてたよ。

この事件については捜査本部が立って、捜査は県警の捜査一課主導になってたから、捜査員も増員されたようやしね。

ただ、そっちの捜査からは、あまり果々はかばかしい情報は得られんかったようやねん。

更に決め手になったんが、高木が普段からナイフを持ち歩いて、友達に見せびらかしたりしてたいう情報が得られたことなんや。

その情報が得られた結果、捜査本部では高木を任意で引っ張ろうということになったらしいねん。


ところが高木を任意で事情聴取したいう情報が、どこかからマスコミに漏れてしもうたらしくてなあ。

あんたのとこもそうやけど、一斉に新聞報道されてしもてん。

週刊誌なんかも騒いだみたいやしなあ。

捜査本部としては少年事件の可能性があるいうことで、出来るだけ慎重に捜査を進めようとしててんけど、そうなるともう後の祭りやわな。

だからと言うて、捜査本部がマスコミの圧力に負けて、無理矢理高木を犯人に仕立て上げた訳やないねんで。

これだけは言うとくわ。

けどなあ。うーん、どうしようかなあ。

悪いけど、一回録音止めてもらえるかな?」


***

(以下は寺山浩一刑事の証言を、絶対公表しないという約束で、五十嵐慎哉記者が記録し、後に概略としてまとめた、事件当時の捜査状況である)


容疑者として任意聴取を受けた高木翔は、その時から一貫して犯行を否認していた。

しかし当時高木からの事情聴取を担当していた、県警捜査一課の大野健治刑事は当初から高木を犯人と見なし、強引な手法を用いたようだ。


具体的には聴取の際に、警察が容疑者に提供した飲料水のペットボトルから指紋を採取し、これを現場に残された凶器のナイフに付着した指紋と照合した。

二つの指紋は一致したが、この方法は違法性が疑われ、後に家庭裁判所において証拠として採用されない可能性があると思われた。

しかし大野刑事はこれを根拠として捜査本部を説得し、本部は高木の逮捕に踏み切った。

その手法については他の捜査員から異論が出ていたが、当時の捜査一課長の判断で大野刑事の主張が採用されたらしい。

捜査一課長の判断に、何らかの政治的意図があったかどうかは不明。


事件当時高木は一人で三宮のゲームセンターで遊んでいたと主張しており、アリバイはなかった。

また高木は犯行に使用されたナイフを、事件当日の二日前に学校に没収されたと主張している。

その点を学校に問い合わせた結果、没収したナイフは保管状態が杜撰だったため、保管場所から紛失していたらしい。


逮捕後高木の取り調べの主担当となった大野刑事は、彼が犯人であるという前提で取り調べを進めていたため、高木が没収されたナイフを密かに取り返したと決めつけ、彼の言い分には一切耳を貸さなかった。

しかし高木は、大野刑事の執拗な追及にも頑として罪を認めず、最後まで無実を主張したようだ。


(注、以下は寺山刑事の言葉のニュアンスから、記者が推測した当時の状況である)

事件が発生した2001年は、1997年に発生した<神戸連続児童殺傷事件>から数年しかたっておらず、同じ地域で少年による凶悪事件が再発したことに、世間が騒然となった。

警察としては、早期に犯人を検挙することで、世間の鎮静化を狙った可能性がある。


***

(以下は再開された、寺山浩一刑事への取材の録音記録)


「そういう事情やったから、高木翔たかぎしょうは容疑否認のまま家庭裁判所に送致されたみたいなんや。

その時点で彼の両親が弁護士に依頼したけど、措置は覆らんかったみたいやね。

逮捕後改めて指紋を採られて、当然やけどそれが凶器の指紋と一致したから、それが決定的な判断材料になったらしいわ」


「その大野刑事はかなり強引な捜査をした印象があるんですけど、周囲は止めなかったんですか?」


「さすがに周囲からは、色んな意見が出たみたいやけどな。

凶器の指紋という証拠があったから、止めるには至らんかったみたいやなあ」


「例えばどんな意見が出たんですかねえ」


「そうやな。事件当時、目撃者が一人おってんけど、その目撃証言の犯人像と高木翔が合ってないんちゃうかという意見はあったらしい」


「犯人像が合ってない、ですか?」


「せやねん。目撃証言では犯人は大人やということやってん。

けど高木は小柄で、どう見ても見掛けは子供やってんな。

それに疑問を持つ刑事もおったんやけど、犯行当時は雨が結構降ってたらしいから、目撃者の見間違いちゃうかということで、最終的にその意見は取り上げられんかったようやな」


「そうですかあ。ところで凶器に着いてた指紋なんですけど、高木以外の指紋は出なかったんですかね?」


「それはやな。記録によると他に不明瞭な指紋が二つ、かなり明瞭な指紋が一つ検出されてるみたいやな」


「だとすると凶器の指紋だけで、高木の犯行と断定することは出来ませんよねえ。

高木が主張するように、没収されたナイフを誰か別の者が学校から持ち出して、犯行に至った可能性だってあると思うんですけど」


「そうかも知れんけど、最終的に家裁は高木を犯人と判断してるからなあ。

わしからは、これ以上何とも言えんわ」


「それで家裁送致になった高木さんの処分は、その後どうなったんですかね」


「そこまではちょっと分からんなあ。

多分実刑になって、少年院送致になったんやと思うで。

刑期が長かったとしたら、二十歳超えて刑務所に転所になったんやろうなあ。

殺人やから、その可能性は高いと思うで」


「少年の殺人の場合、無期か10年から20年の懲役ですからねえ。

まだ服役している可能性はありますわね」


「そうやなあ。

記録には残ってへんけど、当時の捜査員に聴いたら、取り調べ中の高木の態度がかなり悪かったらしいねん。

せやから高木がもし家裁でも同じような態度を採ってたら、判事の心証も相当悪かった筈やからなあ。

刑期に影響した可能性はあるやろなあ」


「本人が無実やと主張してたんやったら、少々態度が悪いのも納得出来ますよね。

何せ14歳の少年やった訳ですから」


「それについては、警察官としてはコメント出来んなあ。

個人的には同意するけど」


「分かりました。ありがとうございます。

高木については、僕が個人的に調べてみますわ。

そしたら三つ目の事件についてお願いします」


「三つ目は事件というより、事故やったんや。

少なくとも当時は事故として処理されてん。

まあ、順番に行くで」


「よろしくお願いします」


「事故発生日時は平成14年8月21日木曜日、午後8時頃。

場所は神戸市東灘区〇〇町の路上。

被害者は神戸市立東中学校教師、糸谷久寿男いとやくすお。年齢は当時57歳。

震災当時に崩壊した民家の瓦礫が崩落して、被害者はそれに巻き込まれたんやな。

死因は一応圧死ということになってるわ」


「一応ということは、死因に何か不審な点があったんですか?」


「不審というより、全身の損傷が酷かったから、どれを死因とするか微妙やったみたいやね。

一番酷かったんは頭部の損傷やってんけど、他にもあちこち損傷があったから、結局<圧死>という曖昧な死因に落ち着いたんとちゃうかなあ」


「事故現場の瓦礫は、そんなに崩れやすい状況やったんですかね?」


「かなり危なかったみたいやな。

特に事故の前々日にかなりの大雨が降ったから、余計に崩れやすくなってたんやろうなあ。

その場所に関しては、近隣住民から市に苦情が出てたらしいねんけど、瓦礫になった家の持ち主が震災で亡くなってて、相続する人もおらんかったみたいやねん。

せやから震災後7年経っても、家の敷地内に積み上げられたままやったんや。

所有権の問題や撤去費用の問題もあって、市も中々手を着けられんかったんやろうなあ」


「事故現場はうちの実家の近くやったんですけど、あの頃はまだ所々にそういう場所が残ってましたよねえ。

僕らは親から近づくな言われてましたけど、被害者の糸谷先生は、何でそんなとこ通りはったんですかねえ?」


「確かに事故現場は細い路地やし、近隣住民も避けて通ってたから、人通りは殆どなかったみたいなんや。

市も一応、通行止めのバリケードを立ててたようやねん。

ところがその糸谷いう教師は、近道や言うて、習慣的にその道を通ってたらしいねん。

大丈夫やろうと、高を括ってたんやろうなあ。

その日も学校が終わって、近所で一杯引っ掛けた帰りやったらしい。

被害者の奥さんによると、金曜日に飲んで帰るのが、唯一の楽しみやったそうなんや」


「そうなんですね。運が悪かったとしか言いようがないですねえ。

これで三件とも大体の事情は分かりました。

えらいしっかり調べてもろて、ありがとうございました」


「それは構わへんけど、くれぐれも昔のこと蒸し返すのだけは止めてや」


「分かってます。さっきも言いましたけど、あくまでも個人的な調査ですんで。

そしたら、寺山さん。今日は色々とありがとうございます。

本業の方の用事が出来たら、その時はまたよろしくお願いします」

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