第14話 南シナ海と靖国参拝
中国が九段線を主張し、南シナ海が中国領であるとして実効支配を始めてから、フィリピンとの紛争が話題になっている。私などの年寄りからすると、意外な話だ。なぜなら、南シナ海が中国領だとは、昔から思ってもいなかったからである。
あやふやな記憶だが、戦後まもなくのどさくさに紛れて、中華民国の蒋介石が十一段線を主張していた。ベトナムの領海にも入り込んだ主張だったので、その後、それを手本として現在の中国政権が九段線に変更したと思われる。
中国が何を主張しようと勝手だが、恐らく日本だけでなく世界中の誰もが、南シナ海が中国領であるとは思っていないだろう。にもかかわらず、なぜ今のような状況になったのか、その経緯は日本で報道されているのだろうか。
以下に述べることは周知のことで、知ったかぶりをするなと言われることをお詫びして、まずは書かせてもらう。
中国が既成事実を作るため、フィリピン近海の島々に軍事基地を建設し始めたのは、1986年の「エドサ革命」後に誕生したアキノ政権の責任である。
当時、「マルコス御三家」の商社駐在員として働いていた私は、マルコス政権崩壊後の商権を確保するため、アキノ政権の幹部とのコネ作りをしていた。近づいたのは、影の大統領と噂された官房長官のアロヨ氏である。
目標の第一歩として彼の弟の自宅を訪ねた時、いたずらかどうかは知らないが、その塀にニックネームの「JOKER」と大書されていたのを思い出す。
アロヨ官房長官は容共的な人物であった。彼がアキノ大統領を説き伏せたのは、共産党幹部の釈放や米軍基地のフィリピンからの撤退である。
容共的なアキノ政権に対して、軍は改革派の将校を中心として、数度のクーデターを起こした。共産党幹部の釈放問題なども含めてのクーデター未遂事件だが、クーデターの裏にはエンリレ元国防大臣がおり、そのためか、最終的に軍の意向をくんだアキノ大統領は、アロヨ官房長官を罷免することになる。
ピンとこないかもしれないが、マニラはベトナムと同じ北緯17度線にあり、改革派の軍幹部連中と話をすると、必ずサイゴン陥落の恐ろしさを聞かされた。進撃してきた北ベトナム軍により、首都サイゴンは、文字通りあっという間に落とされたのである。容共のアロヨ官房長官らに軍が危機感を抱いたのは、新人民軍との戦闘を続けているフィリピンの首都マニラも、サイゴンと同じ運命になるのを恐れていたのだ。
余談になるが、私も17度線のことには無自覚であったが、あるとき、国防省のカストロ国防次官を訪ねると、彼のデスクの後ろに大きな世界地図があり、フィリピンを中心とした地図であるため、南シナ海を挟んでフィリピンとベトナムが隣同士の国であることに気づかされたものだ。
更に余談になるが、そんな記憶が強いのは、私が死ぬ思いをしたからである。なぜそんなはめになったかと言うと、朝八時に国防次官との面談があり、遅れてはならじと朝食を取らず私は早めに国防省で待っていたのだが、時間を持て余していた私に、次官の秘書が自慢のバタンガス・コーヒーを出してくれた。すると、何口か飲んだとき、急に胃が痙攣を起こし、呼吸が出来なくなったのだ。心臓発作を起こしているようにも感じた。後に日本のメーカーから話を聞くと、バタンガス・コーヒーは工業用に使われており、工業用とは香りつけのことと知った。
話を元に戻すと、アキノ政権に指導された国会は基地協定破棄を議決し、1992年までに、フィリピンのスービック海軍基地、クラーク空軍基地から米軍はグアム島へ撤退した。言わずもがな、中国の南シナ海進出、領有権の蒸し返しは、米軍がいなくなったからなのである。
国際情勢は厳しいものだと思う。韓国もそうだが、戦後のどさくさに紛れて勝手に李承晩ラインを引いて竹島を軍事占拠したり、今回の南シナ海のように、民族主義に煽られたフィリピンが容共的な隙を見せると、米軍がグアムまで引いたことによる南シナ海の軍事的空白を中国は見逃さなかった。
日本に関わる現実と言えば、中国の考える絶対国防圏は、「第一列島線」と呼ばれる沖縄、台湾、南シナ海のライン、「第二列島線」は房総半島から小笠原諸島、グアム、サイパンを結ぶラインである。いずれも米軍の進出を防ぐためとされ、最近、中国海軍が沖縄をすり抜けて太平洋で演習を行う理由になっている。
将来、中国との関係がどうなるのか心配である。先日、靖国神社に国会議員が集団参拝したニュースを見た。国のために殉じた人々を弔うことには誰も反対しないだろうが、中国にしても、かつては今のような状況ではなかった。むしろ参拝には理解していると言っていた。
では、何を問題にしているのかと言えば、それは参拝が8月15日だからである。17名の戦犯が合祀されたことから天皇家すら参拝していないのに、今以てドイツではナチの親衛隊捜しを行っているほど戦犯に厳しいのに、今の日本人は何を考えているのかという疑問である。
私事ではあるが、私も何度か靖国神社には参拝している。国に殉じた人々に敬意を払うのは当然と考えるからだ。しかし、『終戦記念日』だけは駄目だ。310万人の日本人を犠牲にし、アジアでは一千万とも二千万とも言われる死者を出したばかりか、日本の国を滅亡させかねなかった、日本人を世界中に四散させかねなかった戦犯達を私は許したくない。
それとも、戦争直後も国民の生活をどん底に落とし込んだ戦犯達に対する怒り、辛酸をなめた女性や戦争孤児のことを、今の日本人は忘れたのだろうか。当時の記録映画を見る度に、私は泣けて仕方がない。靖国参拝の問題で言えば、中国や韓国にどう言われるかの問題ではないのだ。
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