第9話 食い逃げとバラマキ
自分の見たこと体験したことを振り返っていると、70歳を過ぎた頃から反省とも不安とも言えるものが次々に湧き上がってくる。それは何かと言えば、我々の世代のことを、「あいつらは上手く食い逃げしやがって」とか、「おいしい夢をばらまいて逃げやがって」と、後の人々から悪口を叩かれることだ。
ひがみ根性を認めた上で、個人的にはカスばかりを食わされてきたように思う。例えば、大学受験の際には「全共闘」運動が盛んで、前年は東大入試が中止になり、その翌年の私の受験時にも紛争が続いていた。志望していた大学を下見に行くと正門がバリケード封鎖されており、その大学の受験を私は諦めることになる。よせば良いのに、バリケード内の覆面学生に、「来年の入試は大丈夫か」と訊いてしまい、「絶対に阻止する」と断言されたからだった。(素直で、馬鹿チンな私だったのですね)
恐らく年齢は一つか二つ違いで、私は全共闘の団塊世代ではなく、バブル絶頂期のおいしい思いをしてきたわけではないと、まずは言い訳をしておいて話を進めるが、今の世の中には夢のような話が多く、年相応の誰もが浮ついた気分でおいしい話に乗っかっているような気がする。
これはもしかすると、80年以上前の「一億火の玉」、「鬼畜米英」、「大東亜共栄圏」、「八紘一宇」、「天皇陛下万歳」の世相に乗せられていたのと同じなのではないだろうか。勇ましい言葉、愛国的な言葉の10年後、20年後には、大変な悲劇が待っていたのに、疑う者は僅かであった。
本論に入る。今の我々が浮かれている言葉、おいしい言葉は巷に溢れているが、私が典型的に思うのは次のような点だ。
1.「リニア中央新幹線」
品川と名古屋を40分で、更には完成すれば大阪までを67分で結ぶという。今の新幹線の老朽化や自然災害に備えての第二新幹線が必要とのことらしい。
しかし、私が知る限りでは、十年ほど前に「日本科学者会議」が撤回、中止を求めている。当時は興味がなかったので反対理由は覚えていないが、先日、名古屋大学の学者が書いた、「南海トラフ」発生前後の地殻変動の活発化、震度7クラスの直下型地震の記事を読んで、あらためてリニアは大丈夫なのかと思った。しかも、リニアは「糸魚川-静岡構造線」つまりフォッサマグナを通っているのだ。
私の不安は大地震だけではない。新幹線の3倍と言われるリニアの電力消費量だ。なにしろ、環境問題から近い将来はE/V車が主流となり、今後はリニアと合わせると現在より電力消費は3割増しになると予想されている。更には、スパコンを使うAIの電力消費は桁違いとも言われている。
地震でトンネルが崩れる、軌道がひね曲がる恐れだけでなく、各地で倒壊する発電所からの送電も止まる事態が予想されるわけで、その上、環境問題から化石燃料が使えなくなり、更に原発も廃炉が続くとなれば、いったい、どこから、大量の電気エネルギーを、リニアやE/VそしてAIは持ってくるのだろう。
東京/大阪間が一時間余りで往けるとは、スバラシイ話だ。夢のようにオイシイ話である。しかし、十数年後、オイシク夢満載の世界が実現したとしても、いずれ深刻な後悔、世界の物笑いにならないだろうか。
2.固有の領土
学生時代、私はソ連の研究をしていた。新聞記者になろうと新聞学のゼミに参加していた時のことだ。ソ連の経済はガタガタで、ソ連邦は長くもたないと授業で発言したことがある。本屋にはレーニン全集が山積みされているのにスーパーには歯ブラシが一本もない、全国民が公務員であるため、南から運ばれた野菜は無責任にも途中でほったらかしにされて腐ってしまいモスクワに届かない、そんな計画経済や流通の崩壊は上部構造=政治の崩壊をもたらすはずと疑問を呈したのだ。
ゼミの教授からは「ソ連は千年王国だ」と、こっぴどく怒られた。そのためか、主要新聞社の受験に必要な大学推薦はもらえず、私はマスコミを諦めた。当時、大学推薦の権限は、実質的にゼミの教授が握っていたのである。
そんな記憶から、かつて学んだ北方領土問題の歴史を振り返ると、当時の吉田首相や外務省の条約局長は、国後、択捉は千島列島に属しているのでサンフランシスコ講和条約に従い放棄するが、歯舞、色丹は根室半島の先にあるので千島列島には属さず、したがって放棄しないと国会で述べていた。
ところが、いつの間にか、「北方四島は固有の領土」と今の政府は主張している。時代が変われば主張も変わるのが常識なのかもしれないが、日本政府の主張が変わったのは、四島返還を主張しないのなら沖縄は返さないと、アメリカのダレス国務長官から当時の外務大臣に伝えられたからである。チャップリンなどが赤狩りで国外追放されていた、マッカーシー旋風時代のことで、ソ連と日本の接近をアメリカは良しとせず、永遠に日ソ両国がいがみ合うように仕向けていたのだ。
やがてソ連邦は崩壊した。もはや領土問題に、アメリカの口出しはなくなったように思える。そのせいもあるのか、安倍/プーチン会談にまでこぎつけた北方領土問題だが、プーチンの帰国後、ロシアは態度を変えた。それどころか、今後の領土問題の話し合いはもはやないとも言われてしまったのである。
なぜロシアは態度を変えたのか。その理由は簡単である。「日米地位協定」により、アメリカは日本のどこにでも基地が設けられるからであり、その地位協定を日本は破棄する意思がないと、プーチンが確信したからだ。
戦後80年、日本中に米軍基地が存在し、今もアメリカの言いなりにならざるを得ない現実はどうしようもない。1985年、大阪へ向かうはずが迷走した挙げ句、北関東の御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ事件の時、米軍の許可無く関東上空に飛行機を飛ばせない日本側は大慌てだった記憶が蘇る。
北方領土一つの例をもってしても、私には「返還」の夢をばらまいているとしか思えない。そればかりか、過去と現在との政府見解が矛盾していることすら指摘しないのは、歴史不信と言おうか、政府不信と言おうか、マスコミの勉強不足と言うべきか。いずれにしても、我々は踊らされているとしか思えない。
沖縄には「海兵隊」が存在し、議会の承認がなくても、アメリカの大統領権限一つで戦争は始まる。それでも我々は、今も将来も何も起こらないとして、オイシイ夢を見ているばかりで良いのだろうか。
3.溢れるマイカー
道路が渋滞している。しかも、朝夕にピカピカの車が目立つのは、マイカーによる通勤者が多いからだ。これは貧乏人のひがみではなく、帰国直後、トラックの運転手をしていた頃からの私の実感である。
マイカーだけではない。国の借金を増やし、どれほど日本人が贅沢をしているか、我々は分かっているのだろうか。フィリピンで十数年を暮らし、貧しさがどんなものかを目撃してきた私には、日本が羨ましくてならない。
明日かもしれぬ30年以内に、南海トラフ、関東大震災の起こる可能性は80パーセントにまで上昇しているのを、政治家は知らないのだろうか。東京、大阪といった日本の中心部が危ないのだ。つまり、ひとたび大震災が起これば、日本の経済は再起不能になる可能性が高く、多額の災害準備金が必要なのは当然と思うのだが、今回の選挙に限らず、候補者は減税を訴えるばかりで、マスコミも呑み込まれていた。
この先に何が待っているかは、本当のところ誰にも分からない。しかし、よくよく考えれば、電力不足、戦争、大地震によって日本がどうなるか、将来の悲劇の一端は見えているような気がするのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます