第19話 新しい未来、穏やかな日々
リリアが目を覚まし、かすかに植物の「声」を感じ取った日から、数週間が過ぎた。
エレノア公爵夫人とリチャードの逮捕は、宮廷に大きな波紋を広げたが、アレクサンダー国王の迅速な対応と、エドワード補佐官の手腕により、混乱は最小限に抑えられた。
国民は国王の回復と、悪しき陰謀が暴かれたことに歓喜し、王都は活気を取り戻していた。
リリアの体は、ゆっくりと回復していった。
呪いの粉によって受けたダメージは大きかったが、アレクサンダーが彼女のためにと、取り寄せた珍しい薬草や、王室医師団の協力もあって、彼女は少しずつ元気を取り戻していった。
そして何よりも、植物の「声」を再び感じられるようになったことが、リリアにとって最大の癒やしだった。
「今日は、もう少しはっきりと聞こえるわ」
リリアは、自室の窓辺に置かれた小さな鉢植えに語りかけた。
その花は、彼女の言葉に呼応するように、微かに葉を揺らした。
以前のように明瞭ではないが、確かに、彼らの「声」はそこにあった。
「無理はするな。焦らず、ゆっくりと力を取り戻せばいい」
アレクサンダーが、優しい声でリリアの隣に座った。
彼は、毎日欠かさずリリアの部屋を訪れ、彼女の回復を見守っていた。
彼の瞳には、かつての孤独や病の影は一切なく、未来を見据える王としての力強さと、リリアへの深い愛情が宿っていた。
「陛下のおかげです。あの時、私を信じてくださらなければ、私は……」
リリアは、アレクサンダーの手をそっと握った。
彼の掌は、もう熱にうなされることもなく、温かく、力強かった。
「君のおかげだ。君がいなければ、私は今頃、この世にいなかった。この国も、闇に沈んでいたかもしれない」
アレクサンダーは、リリアの手を包み込むように握り返した。
二人の間に流れる時間は、穏やかで、心地よかった。
国王の命を救った「森の娘」の存在は、宮廷中に知れ渡った。
最初は彼女に冷たい視線を送っていた貴族たちも、今では敬意をもって接するようになった。
彼らは、リリアがただの薬師ではなく、この国を救った「聖女」であるとさえ囁き始めた。
リリアは、その称号に戸惑いを覚えた。
彼女はただ、植物の声を聞き、薬を作るだけの、ごく普通の人間だと思っていたからだ。
しかし、彼女の能力が、アレクサンダーを救い、そして王国に希望をもたらしたことは、紛れもない事実だった。
「リリア、君に頼みたいことがある」
ある日、アレクサンダーが真剣な表情で言った。
「何でしょうか、陛下?」
「この国の医療を発展させたいのだ。君の持つ知識と、植物の声を聞くその力は、この国にとってかけがえのない財産だ。どうか、王室薬師として、この国の医療を導いてくれないか?」
アレクサンダーの提案に、リリアは驚き、目を見開いた。
王室薬師。それは、王族の健康を司り、国の医療を統括する、
非常に重要な役職だ。
「私に、そんな大役が務まるでしょうか……」
リリアは自信がなかった。
森で暮らしてきた彼女にとって、多くの人々を導くことは、想像もつかないことだった。
「君にしかできないことだ。君は、植物の声を聞き、その真の力を引き出すことができる。そして、何よりも、君は純粋な心を持っている。それは、この国の民にとって、大きな希望となるだろう」
アレクサンダーの言葉は、リリアの心に深く響いた。
彼は、彼女の能力だけでなく、その心までも信頼してくれている。
リリアは、ゆっくりと顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。彼の言葉には、彼女の未来を信じる、揺るぎない光が宿っていた。
「……はい、陛下。私にできることなら、喜んでお引き受けいたします」
リリアは、静かに頷いた。彼女は、森で培ってきたスキルと、生まれ持った特別な能力を駆使して、この国の人々の幸せのために尽くすことを決意した。
それからの日々、リリアは王室薬師として、多忙な日々を送るようになった。
彼女は、王室薬草園を拡張し、森でしか育たない珍しい薬草を育てるための研究を始めた。
また、自身の能力を使って、これまで原因不明とされてきた病の原因を突き止め、新たな治療法を開発していった。
アレクサンダー国王もまた、国の統治に全力を注いだ。
彼は、エレノア公爵夫人たちの影響で停滞していた改革を推し進め、国民の暮らしを豊かにするために尽力した。
そして、彼の傍らには、常にリリアがいた。
政務に疲れた彼を、リリアの淹れるハーブティーと、彼女の優しい言葉が癒やした。
二人の関係は、王と薬師という立場を超え、かけがえのないものへと深まっていった。
穏やかな日差しが降り注ぐ王城の庭園で、アレクサンダーはリリアの手を取り、静かに未来を語り合った。
彼の隣にいるリリアの心は、森の植物たちと同じくらい、豊かで満たされていた。
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