第18話 希望の光、そして目覚め




 リリアの体が力なく地面に崩れ落ちた瞬間、アレクサンダー国王は世界が止まったかのように感じた。

 彼の心臓は激しく打ち鳴り、その手は震えていた。

 リチャードを打ち倒し、王家の呪いを断ち切った勝利の喜びは、彼女の意識が失われた事実の前では、何の意味も持たなかった。


「リリア! しっかりしろ、リリア!」


 アレクサンダーは彼女を抱き起こし、その頬を何度も叩いた。

 しかし、リリアは目を開かない。

 その顔は青白く、呼吸も浅い。

 リチャードが撒いた呪いの粉が、彼女の能力を奪い、その生命力までをも蝕んでいるのか。


「エドワード! すぐに医者を!」


 アレクサンダーは叫んだ。

 しかし、この森の奥には、彼らの護衛隊の他に誰もいない。

 医者を呼ぶには、王都まで戻るしかない。


「陛下、彼女の意識は戻りません……」


 エドワードもまた、絶望に打ちひしがれた顔でリリアを見つめていた。


 アレクサンダーは、リリアの掌を握った。


 冷たい。


 森で初めて出会った時、彼女の掌から伝わった温かな生命力は、今はどこにも感じられなかった。

 彼女の体から、植物の「声」も、もう聞こえない。

 彼女の、命を救ってくれた大切な能力が、失われてしまったのだ。


「そんな……嘘だ……」


 アレクサンダーの目に、悔恨の涙がにじむ。彼女を巻き込み、危険な目に遭わせたのは自分だ。

 彼女がいなければ、自分はとっくに命を落としていた。

 なのに、彼女は、自分のために、その大切な力を失ってしまった。


 その時、リリアが微かに身じろいだ。


「リリア……!?」


 アレクサンダーは、期待に満ちた目で彼女を見た。リリアはゆっくりと目を開けた。

 その瞳には、まだ力はないものの、確かに光が宿っていた。


「……陛下……」


 彼女の唇から、か細い声が漏れた。


「リリア! 良かった、意識が……」


 アレクサンダーは、安堵のあまり、彼女を強く抱きしめた。


「私の……能力は……?」


 リリアは、震える声で尋ねた。

 彼女の瞳には、不安の色が浮かんでいる。


 アレクサンダーは、答えることができなかった。

 彼女の体から、植物の「声」は聞こえない。

 だが、彼は嘘をつきたくなかった。


「……まだ、分からない。だが、必ず、必ず元に戻るはずだ。私が、必ず君を救う」


 アレクサンダーの言葉には、強い決意が込められていた。

 彼は、彼女を抱きかかえ、森を後にした。護衛隊が、拘束したリチャードと残りの刺客を引き連れて、彼らの後を追う。


 王都へ戻る道中、アレクサンダーは片時もリリアのそばを離れなかった。

 彼の体から、呪いの石の瘴気は完全に消え去り、真の王としての生命力が漲っていた。

 彼自身の回復は、リリアが命懸けで手に入れたものだった。


 王城に到着すると、リリアはすぐに王室の医師たちに診察された。

 彼らは、彼女の体に毒は残っていないものの、生命力が極度に低下していると診断した。

 そして、彼女の持つ特殊な能力については、彼らには理解不能なものだったため、何も答えることができなかった。


 リリアは、疲労困憊のまま、深い眠りについた。

 アレクサンダーは、彼女のベッドの傍らに座り、その手を握り続けた。


 彼は、これまでの自分の行動を悔やんだ。

 王としての孤独、病への絶望。

 それらが、リリアという純粋な存在を危険に晒してしまった。


「リリア……必ず、君の力を取り戻す。そのためなら、私は何をしても構わない」


 アレクサンダーは、固く誓った。


 翌日、王城に衝撃的な報が走った。

 エレノア公爵夫人と息子リチャードが、国王への毒殺未遂と、リリアへの能力奪取の罪で逮捕されたのだ。

 彼らが長年企ててきた陰謀の全てが暴かれ、王国の民は驚きと同時に安堵した。

 国王の回復は、彼らの努力と、リリアの献身的な治療のおかげだと、国民は知ることになった。


 数日後。


 リリアは、静かに目を覚ました。

 体は、まだ少し重い。

 しかし、意識ははっきりしている。

 窓から差し込む光が、彼女の目を眩ませる。


(私……生きている……)


 リリアは、ゆっくりと自分の掌を見た。

 そして、周囲に意識を集中した。

 森の植物たちの「声」は、まだ聞こえない。

 寂しさが、胸に広がる。


 その時、部屋の隅に置かれた花瓶の花が、微かに揺れた。

 それは、王城の庭園で咲いている、ありふれた種類の花だった。

 リリアは、その花の「声」に耳を傾けた。


 かすかに、本当に微かだが、その花が「……大丈夫……」と、彼女に語りかけているのが聞こえた。


 リリアは、はっとした。

 完全に失われたわけではなかった。力は弱まっている。

 けれど、まだ、かすかに残っている。

 まるで、深い眠りから覚めようとする赤子のように、その「声」は弱々しいが、確かにそこに存在していたのだ。


 その瞬間、リリアの瞳に、希望の光が戻った。


 そして、その光は、国王の回復と共に、王国に差し込んだ希望の光と、同じ輝きを放っていた。

 王国の危機は去り、真実が明らかになった今、リリアとアレクサンダー、そして王国の未来は、新しい朝を迎えようとしていた。



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