第14話 真犯人の露見、深まる疑惑




「清らかな水と、聖なる木々。満月の夜……」


 リリアの言葉に、アレクサンダーは深く頷いた。

 彼の瞳には、かつて病に侵されていた頃の諦めではなく、未来への確かな希望が宿っていた。


「その場所は、この王城から少し離れた森の奥にあります。かつて私が迷い込んだ場所で、人里離れた隠れた泉です。満月の夜は、もうすぐです。三日後の夜が、一番強い月明かりになるでしょう」


 リリアは、古文書の記述を正確に思い出していた。

 その場所へたどり着くには、経験豊かな護衛が必要だが、エドワードに頼めば手配できるはずだ。


「では、すぐに準備に取り掛かろう。エドワード!」


 アレクサンダーが声を張り上げると、隣室で控えていたエドワードが慌てて駆け込んできた。

 彼は国王の活気に満ちた声に驚き、しかしすぐにその表情を期待に満ちたものに変えた。


 リリアは、エドワードに、森の奥の泉で儀式を行うこと、そして、その儀式には国王の参加が不可欠であることを説明した。

 エドワードは最初は戸惑ったが、リリアの真剣な説明と、何よりもアレクサンダーの強い決意に、最終的には納得した。


「承知いたしました、リリア様。陛下の安全を第一に、最精鋭の護衛をつけさせていただきます」


 エドワードはそう言って、すぐに準備に取り掛かった。


 しかし、この計画が秘密裏に進められることはなかった。

 アレクサンダーの部屋を訪れる者、侍女たちの間で交わされる些細な会話、そして、リリアが森に戻ってから持ち帰った月光草と、あの忌まわしき黒い石の存在。

 宮廷内は常に情報が錯綜し、わずかな綻びから、秘密はすぐに広まってしまう。


「陛下が、森で何か奇妙な儀式を行うらしい」

「あの森の娘が、陛下を唆しているに違いない」


 不穏な噂は、あっという間に宮廷中に広まった。

 そして、その噂を最も早く掴んだのは、エレノア公爵夫人だった。


 彼女は、自身の部屋で苛立ちを隠せないでいた。

 国王の回復は、彼女の計画を大きく狂わせている。

 そして、リリアが持ち帰った「呪いの石」の存在と、それを清める儀式を行うという報に、公爵夫人の顔は憎悪に歪んだ。


「あの娘……まさか、あの石の秘密にまで気づいたというのか……!」


 公爵夫人は、傍らに控える若い男に、鋭い視線を向けた。

 彼の名はリチャード。

 公爵夫人の息子であり、王位継承順位がアレクサンダー国王の次である。

 端正な顔立ちだが、その瞳の奥には、常に冷たい野心の色を宿していた。


「母上、どうしますか? もし陛下が完全に回復し、あの忌まわしき石の力が弱まってしまえば……」


 リチャードの声には、焦りが滲んでいた。


「くっ……想定外だ。あの森の娘が、まさかここまでやるとは……」


 公爵夫人は、テーブルを拳で叩いた。


「あの忌まわしき石は、我が家が王家の血を絶やすために、代々受け継いできたものだ。先王の書物には、破壊できないと書かれていたはず。しかし、清める方法があるとは……!」


 その言葉に、リリアが森で読んだ古文書の記述が重なった。

 王家の血を絶やすために、呪術師が作った石。

 そして、それを代々受け継いできたエレノア公爵夫人の家系。

 全てが繋がった。

 彼らが、国王の病の真の元凶なのだ。


「しかし、もう時間がない。陛下の儀式を阻止しなければ」


 リチャードが血走った目で言った。

 公爵夫人は、冷酷な笑みを浮かべた。


「当然だ。だが、正面から邪魔することはできない。陛下も護衛を増やすだろう。それに、あの森の娘は、植物の声を聞くという。迂闊な手は打てない」


 彼女は、指先でテーブルを叩きながら、深く考え込んだ。

 そして、ゆっくりと顔を上げた時、その瞳には恐ろしいほどの策略が宿っていた。


「……だが、手段はある。儀式を邪魔するだけではない。あの娘の力を奪い、陛下を再び病に沈める方法が」


 公爵夫人の声には、確かな悪意と自信が満ちていた。

 リチャードは、母の冷徹な発言に、僅かに身震いした。


 その頃、リリアはアレクサンダーの容態を確認していた。

 月光草による薬湯の効果もあり、彼の体調は驚くほど安定していた。


「この分なら、儀式も滞りなく行えるでしょう」


 リリアは安堵した。しかし、彼女の心に、あの脅迫状の言葉が再び蘇る。「お前の力は失われる」。

 彼らは、リリアの能力を狙っている。

 そして、もし彼女の力が失われれば、国王を癒やすことはできない。


 宮廷に渦巻く陰謀は、最後の局面を迎えようとしていた。

 リリアは、アレクサンダーの命、そして王国の未来を救うため、迫りくる危機に立ち向かう覚悟を新たにした。

 しかし、敵は彼女の想像を遥かに超える、狡猾な罠を仕掛けているのだった。



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