第13話 過去の伝承、古の薬師の知恵
森から王都に戻ったリリアは、手に入れた月光草と共に、あの奇妙な黒い石を抱えていた。
その石は、布に包んでいても、微かな瘴気を放ち、リリアの掌に冷たく重くのしかかる。
王城に戻ると、アレクサンダー国王は幸いにも安定した状態を保っていたが、リリアの表情を見た彼は、すぐに何があったかを察した。
「リリア、無事だったか」
彼の安堵した声に、リリアは涙が込み上げそうになった。
「はい、陛下。そして……新たな手掛かりを見つけました」
リリアは月光草と、そしてあの黒い石をアレクサンダーに見せた。
石を見た途端、アレクサンダーの顔色がわずかに強張った。
「これは……まさか、先王の書物に記されていた『忌まわしき石』か?」
アレクサンダーの言葉に、リリアは驚いて彼を見た。
「陛下も、この石のことをご存知なのですか?」
「曖昧な記述でしか知らないが……父の書庫に、王家の呪いに関する古い記録があった。それによると、この石は、古代の呪術師が、王家の血を絶やすために生み出したものだ、と。触れるだけで病を引き起こし、長期間所持すると命すら奪うと記されていた」
アレクサンダーは、その石から目を離すことができなかった。
彼を、そして彼の兄を長年苦しめてきた「呪い」の正体が、目の前にある。
「やはり……。この石が、陛下の病の真の原因なのですね」
リリアは、石から聞こえる「声」が、アレクサンダーの体から聞こえる毒の「声」と酷似していることを確信した。
あの薬湯は、この石の作用をさらに増幅させるか、あるいは、石の毒を隠蔽するためのものだったのかもしれない。
「しかし、この石をどうすればいいのだ? 書物には、破壊することも、清めることもできない、とあった」
アレクサンダーの声には、絶望の色が滲んでいた。
もし、この石をどうすることもできないのなら、彼の病は決して完治しないことになる。
リリアは、その石から聞こえる「声」に改めて耳を傾けた。
それは、古く、深く、しかし、僅かな「弱点」の「声」も聞こえてくるようだった。
「いいえ、陛下。完全に破壊できなくても、この石の力を弱める方法はきっとあるはずです。私の森の小屋に、古文書があります。祖母の祖母の代から伝わる、薬師の知恵が記されたものです。そこには、あらゆる植物の知識だけでなく、古の呪いについても記されていると聞いていました」
リリアは、森で発見した、あの黒ずんだ植物と石の根の繋がりを思い出した。
あの植物は、もしかしたら、石の力をわずかに吸収し、弱める働きをしていたのかもしれない。
「だが、今から森へ戻るのは危険すぎる。それに、あの古文書は、君にしか読めない文字で書かれているのだろう?」
エドワードが心配そうに口を挟んだ。
確かに、リリアの家系に伝わる古文書は、森の植物と対話できる者だけが解読できる、特殊な文字で書かれていた。
「大丈夫です。古文書は、記憶しています。頭の中に、ほとんどの知識が入っていますから」
リリアの言葉に、アレクサンダーとエドワードは目を見張った。
リリアは、植物の「声」をただ聞くだけではない。
その情報が、彼女の脳裏に刻み込まれ、知識として蓄積されていたのだ。
リリアは、目を閉じ、集中した。脳裏に、古文書のページが鮮明に浮かび上がる。
数々の薬草の記述をたどり、呪いに関する項目を探す。
すると、彼女の指が、あるページに止まった。
そこには、この「忌まわしき石」と酷似した絵が描かれ、その傍らには、石の力を弱めるための、ある特殊な植物と、儀式についての記述があった。
それは、特定の満月の夜に、清らかな水と、聖なる木々の葉を用いて、石を清めるというものだった。
そして、その儀式には、王家の血を引く者の力と、純粋な心を持つ者の力が不可欠である、と記されていた。
「これです……! この石の力を弱める方法が、古文書に記されていました!」
リリアは興奮して言った。
彼女の瞳は、希望の光で輝いていた。
「しかし、それは……王城では難しい。清らかな水と、聖なる木々。それに、満月の夜……」
アレクサンダーが眉をひそめた。
王城の中には、儀式を行うのに適した場所がない。
「場所は心当たりがあります」
リリアは、かつて森で迷い込んだことのある、隠された泉のことを思い出した。
そこは、聖なる木々に囲まれ、清らかな水が湧き出る、まさに古文書に記されたような場所だった。
「その場所で、満月の夜に、陛下と共に儀式を行えば、この石の力を弱めることができるはずです」
リリアの言葉に、アレクサンダーは迷いのない目で頷いた。
「わかった。君を信じる。いつ、どこへ行けばいいのか、教えてくれ」
彼の言葉には、リリアへの絶対的な信頼が込められていた。
しかし、この儀式を行うということは、エレノア公爵夫人たちに、国王の病が治ることを、そして自分たちの陰謀が暴かれることを、明確に知らしめることになる。
彼らは、間違いなく最後の手段に出てくるだろう。
リリアは、アレクサンダーと共に、宮廷の闇に立ち向かう覚悟を決めた。
古の薬師の知恵と、生まれ持った能力を駆使して、国王の命を、そして王家の未来を救うために。
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