第15話 二人の決意、立ち向かう困難




 満月の夜まで、残すところあと二日となった。

 王城には、儀式のための準備が着々と進められていた。


 リリアは、古文書に記された儀式の詳細を思い出しながら、必要な供物や手順をエドワードに伝えていた。

 彼は国王の命がかかっているとあって、いつも以上に迅速かつ慎重に動いている。


 しかし、宮廷内の空気は、儀式への期待とは裏腹に、不穏さを増していた。

 エレノア公爵夫人とその息子のリチャードが、水面下で動いているのは明らかだった。

 彼らの側近たちが、リリアやアレクサンダーの動向を窺う視線を感じるたび、リリアの胸に重苦しい予感が募る。


「リリア」


 その日の夕食後、アレクサンダーがリリアを自室に呼んだ。

 彼の顔には、疲労の色が見えるが、その瞳は強い光を宿している。


「どうしました、陛下?」

「今回の儀式は、君にとっても大きな危険を伴うだろう。彼らは、君の力を失わせようと、何をしてくるか分からない。本当に、私と共に来てくれるか?」


 アレクサンダーの言葉には、リリアへの深い気遣いが込められていた。

 彼は、自分が巻き込んだことで、彼女に危険が及ぶことを案じているのだ。


 リリアは、ゆっくりと首を横に振った。


「陛下。私は、この力で幸せを掴むと、心に決めています。そして、私にとっての幸せは、陛下が回復し、この国が平穏を取り戻すことです。それに……」


 リリアは、アレクサンダーの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「陛下が、私を信じてくださるから、私も信じられるのです。この力は、陛下を救うためにあると、そう信じています」


 彼女の言葉に、アレクサンダーの表情が和らいだ。

 彼は、リリアの手をそっと取り、強く握りしめた。


「ありがとう、リリア。君は、私にとっての光だ。君がいなければ、私は今頃、この世にいなかっただろう」


 彼の言葉は、リリアの心に温かい熱を灯した。

 森で孤独に生きてきた彼女にとって、誰かに必要とされ、信頼されることは、何よりも大きな喜びだった。


「陛下。そして、もう一つ、確認しておきたいことがあります」


 リリアは、少し真剣な顔で言った。


「あの呪いの石は、王家の血を引く者が清めなければなりません。つまり、儀式の際、陛下には直接、あの石に触れていただく必要があります。石は、陛下を病に陥れた元凶です。強い抵抗を感じるかもしれませんが……」

「構わない。私をここまで苦しめてきたものだ。その石を自らの手で清め、完全に断ち切らなければ、真の意味でこの病から解放されることはないだろう」


 アレクサンダーの決意は固かった。

 彼の瞳には、過去の呪縛を断ち切り、未来を切り開こうとする、揺るぎない覚悟が宿っていた。


 その夜、リリアは自室で、明日の出発に向けて準備を進めていた。

 すると、部屋の扉がノックされ、エドワードが深刻な顔で入ってきた。


「リリア様、至急、お伝えしなければならないことがございます」


 彼の声は、ひどく張り詰めていた。


「どうしましたか?」

「エレノア公爵夫人が、密かに刺客を雇い、明日の儀式の邪魔を企てているとの情報が入りました。彼らは、リリア様を狙っており、特に、その『特別な力』を奪う方法を探っているようです」


 リリアの心臓が、ドクンと大きく鳴った。

 脅迫状の言葉、「お前の力は失われる」。それが、現実になろうとしているのだ。


「どのような方法で……?」

「それが、定かではないのです。しかし、彼らは古の呪術師の末裔と接触しているとの噂が……」


 古の呪術師。

 それは、あの呪いの石を生み出した者たちかもしれない。

 彼らが、リリアの能力を奪う術を知っている可能性は十分にあった。


「陛下には、まだ……?」

「いえ、まだお伝えしておりません。陛下の動揺を避けるためにも、儀式が終わるまでは伏せておきたいと……。しかし、リリア様の身が危うい。儀式への同行は、我々が全力で護衛いたしますが、何が起こるか分かりません」


 エドワードは、心底心配そうな顔をしていた。

 リリアは、彼の忠誠心に感謝しながら、静かに首を振った。


「大丈夫です。私は行きます。陛下を救うために、何があっても」


 リリアの瞳には、一切の迷いがなかった。

 彼女は、森で培った知識と、生まれ持った能力、そしてアレクサンダーへの信頼を胸に、迫りくる困難に立ち向かう覚悟を決めていた。


 夜空には、満月が輝き始めていた。

 明日、彼女たちは、王国の命運をかけた、

 最後の戦いへと向かう。



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