第七章 高瀬 凛の物語

第一話 薄明の片想い

お客様。

「凛、それ昨日のイラスト? めっちゃ可愛いんだけど!」

「やっぱ凛ちゃん、色のセンスいいよね~!」


放課後の教室で、私は友達にスケッチブックを見せながら笑っていた。

窓から差し込む、夏の柔らかな光。

机を囲んで、絵を見つめる友達の瞳がキラキラ輝いている。

いつもの風景。

ふざけあって、笑い声が重なって、

窓の外からは蝉の声がミンミンと降り注ぐ。

こんな時間が大好きだ。

私の心は、いつも明るく、友達との楽しい会話で満たされている。


でも、廊下を歩く誰かの姿が、ふと、視界の端に映った瞬間。

胸がドクンと、大きく音を立てた。

「あっ……」

ミツキ。

同じクラスの、少し無口で優しい男の子。

彼が、友達と少し話している。

少しだけ、視線が合った気がして、慌ててそらす。

心臓が飛び出しそうに激しく脈打つ。

耳まで熱くなる。

友達に「どうしたの?」とからかわれるんじゃないかと思って、

意味もなく「何でもないよ~」って誤魔化した。

私の返事に、友達は何も気づかず、「ふーん」と首を傾げる。

その声に、私は内心、ホッと胸を撫で下ろした。

こんなに楽しい時間なのに、心のどこかがぎゅっと苦しくなる。

私、どうしようもなく恋してるんだ。

誰にも言えない、この甘くて切ない気持ち。

それが、私だけの秘密だ。

王道りぼんヒロインと呼ばれる私でも、

恋の前では、こんなにも臆病になってしまう。


私の心には、ずっと温めている、どうしようもない「恋心」があった。

ミツキへの想いは、日を追うごとに、

私の胸の中で、溢れんばかりに膨らんでいく。

彼が、私の心に、そっと、小さな光を灯してくれた人。

彼の何気ない笑顔や、ふとした時に見せる真剣な眼差しに触れるたび、

胸は、きゅっと甘く締め付けられる。

彼が近くにいるだけで、空気が変わる。

話しかけたいのに、言葉が出てこない。

喉の奥に引っ込んでしまう。

目が合うだけで、心臓が飛び出しそうになる。

ドクン、ドクンと、激しく脈打つ。

つい目をそらしたり、挙動不審になったりしてしまう。

普段の明るい私からは想像もつかないほど、

彼の前では、臆病になってしまうのだ。

そんな「どうしようもない恋心」を持て余している。

この感情をどこに預けたらいいのか分からず、

私はただ、夜空の星を見上げる日々を過ごしていた。

星は、いつも遠く、届かない。

まるで、ミツキへの恋心のように。


彼の横顔を思い出したり、

あの時の会話を、何度も心の中で繰り返したりするたび、

胸がきゅっと締め付けられる。

息苦しさに、目を閉じる。

それでも、この恋心を、諦めたくなかった。

どこかに、この溢れんばかりの想いを預けたい。

そう、強く願っていた。

この感情をどうにかしたい。

なんとかして、彼に伝えたい。

しかし、その方法が見つからずに、ただ時間だけが過ぎていく。

夜空の星を見上げるたび、

「次こそちょっと話しかけてみよう!」と意気込む。

健気な一面も持つ、そんな私だった。

明日はきっと、話せるはず。


放課後。

美術部での活動を終え、屋上へ続く階段を、一人、上がる。

夕焼けが、校舎を赤く染めている。

そこは、私だけの場所。

誰にも近づかせない、特別な場所。

そこから見下ろす街は、

いつもと同じように、

無数の光を放っていた。

だが、私の目に映る光は、

どこか、色褪せて見える。

私の心は、伝えられなかった恋心に、ずっと囚われたままだ。

この言葉にできない感情を、どうすればいいのか。

私は、いつも一人で悩んでいた。

心の奥底に沈んだ感情を、

誰にも触れさせないように、

固く鍵をかけている。

その鍵は、誰にも見つけられない。


その日の帰り道。

駅前の大型ビジョンから、

耳慣れない音楽が流れていた。

視線を向けると、

ボカロ曲のプロモーションビデオが流れている。

女子高生たちが、スマホを片手に、

その映像を見上げていた。


「ねえ、知ってる?最近、『ココロノオト』ってサイトが流行ってるんだって!」

「え、なにそれ?」

「自分の気持ちを歌にして、匿名で投稿できるんだって!できた歌のページにはQRコードがついてて、それを印刷したら簡単に誰かに見せられるらしいよ」

「マジで!?なんか、ドラマみたい!私も試してみようかなぁ」

「それがさ、コメント機能で送り主だけ分かるようにできるらしいよ!特定の相手にだけ秘密のメッセージを送れるんだって」

「えー!それ、超ドキドキするじゃん!試してみよっかなー!」


私は、その会話に、ピクリと反応した。

ココロノオト。

自分の秘めた想いを歌にできる、匿名で。

その言葉が、私の心に、小さな波紋を広げた。

心臓が、微かに、けれど確かに跳ねる。

まるで、閉ざされた心の扉が、

わずかに開いたかのように。

誰にも言えない、この溢れんばかりの恋心。

それを、歌にして表現できるかもしれない。

誰かに届くかどうかは分からない。

届かなくてもいい。

ただ、この感情を、どこかに形として残したい。

それが、私にできる、最後の願いかもしれない。

もしかしたら、この方法なら、

このどうしようもない恋心を、なんとかできるかもしれない。

そう、強く思った。


家に帰り、自室のベッドに飛び込む。

窓の外は、もう深く濃い闇に包まれている。

薄明の資料室の、重く閉ざされた扉。

その向こうに、私の心が閉じ込められている。

今日の出来事が、頭の中を駆け巡る。

伝えられなかった恋心。

どうしようもないこの感情。

そして、初めて耳にした「ココロノオト」という言葉。

このどうしようもない感情を、どうすればいいのだろうか。

もしかしたら、あのサイトで歌を作れば、

誰か、この歌に触れてくれる人がいるかもしれない。

誰にも届かなくてもいい。

ただ、誰かに、私の「本当のメッセージ」を届けたい。

凛は、漠然とした期待と、拭いきれない不安の中で、

ただ、暗闇を見つめていた。

心の奥底で、小さな、でも確かな決意が芽生え始めていた。

この歌に、私の全てを込めて。

伝えられなかった恋心を歌に託そうと決意する。

その決意は、私にとっての「新たな始まり」の予感だった。

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