ココロノオトの向こう側 －恋と秘密のメロディ－

第三話 鍵のかかった心

その日、僕は放課後、机の引き出しを開けた。

宿題を取り出そうとした、その時だ。

指先に、ひらり、と一枚の小さな紙切れが触れた。

くしゃっと、わずかに丸まっている。

取り出してみると、それは見慣れない四角い模様。

QRコードだ。

「なんだ、これ？」

首を傾げる。

いつ入っていたのだろう。

朝、教室に来た時にはなかったはずだ。

佐倉さんが、自分の机の近くにいたような、

そんな気がしたけれど、確信は持てない。

しかし、手に取った瞬間、

なぜか、捨てられない気がした。

理由もなく、ただ、心が強く惹かれた。

どこか、胸騒ぎにも似た感情が湧き上がる。

少し気になり、僕はスマホを取り出した。

QRコードをカメラで読み取る。

画面はすぐに切り替わり、「ココロノオト」の再生ページへと繋がった。

そのスピードに、息を飲む。

そこに表示された投稿者名に、僕は目を凝らす。

「鍵音」。

見覚えのないハンドルネームだ。

けれど、先日、クラスの女子が話題にしていた「ココロノオト」のQRコードの話を思い出す。

生徒会長である佐倉さんが、こんなサイトに投稿しているのだろうか。

まさか、自分宛てに？

そんなはずはない、と心の中で否定する。

彼女は、完璧な人だ。

自分のような、ごく普通の人間とは、住む世界が違う。

けれど、胸の奥で、微かな期待が、まるで小さな火花のように、パチパチと音を立ててざわめいた。

鼓動が、ゆっくりと、けれど確かに高まっていく。

緊張で、手のひらに汗が滲む。

再生ボタンをタップした。

スピーカーから、静かなピアノの音色が流れ出す。

どこか切なさを帯びたメロディ。

ボーカロイドの透明な声が、ゆったりと、しかし力強く、歌詞を紡ぎ始める。

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ハンドルネーム：鍵音

曲名：モノクロの鍵

完璧な笑顔　誰も知らない

この胸の奥に　隠した秘密

白と黒の世界　色褪せた日々

鍵をかけたメロディ　誰にも聞こえない

本当の声は　いつも遠くて

閉じ込めた言葉　空に消えていく

震える指先で　鍵を探すけど

見つからない場所　モノクロの私

もしも君が　隣にいるなら

もしも君に　打ち明けられたなら

この小さな歌は　きっと変わるから

響け、心の奥深く

この歌が終わっても　明日へ続く

小さな光　見つけに行こう

きっとまた同じ歌を歌おう

#秘密 #偽りの私 #鍵 #誰にも言えない #鍵音

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歌が進むにつれて、僕の心臓は、だんだんと強く、激しく打ち始めた。

この歌は、佐倉さんの歌だ。

投稿者名は匿名でも、間違いない。

「完璧な笑顔　誰も知らない」。

佐倉さんは、いつも完璧な笑顔を浮かべている。

その裏側には、何があるのだろう。

「この胸の奥に　隠した秘密」。

生徒会長として、誰もが認める彼女の裏に、

誰にも言えない秘密があるというのか。

「白と黒の世界　色褪せた日々」。

完璧な彼女が、実はモノクロの世界に生きている。

その歌詞に、僕はハッとした。

僕は、佐倉さんが、昼休みに人気のない階段の踊り場で、

こっそりスマホで、アイドルのライブ映像を見ているのを見たことがある。

そして、誰もいない放課後の体育館で、

激しいロック音楽に合わせて、一人、踊っている姿も。

彼女の「完璧」とはかけ離れた、その姿。

まさか、あれが「隠れた情熱」？

この歌は、まさに、その時の佐倉さんの心の叫びだ。

歌詞の中に散りばめられた「鍵」のモチーフ。

「鍵をかけたメロディ」「鍵を探す」「鍵をかけた心の扉」。

彼女は、自分の心を鍵で閉ざしている。

そして、その鍵を見つけてほしいと願っている。

この歌は、僕に向けられた、佐倉さんからの「SOS」だ。

その事実に、僕は確信した。

まさか、佐倉さんが、こんなにも深く、

秘密を抱え、

自分への理解を求める歌を歌っていたなんて。

僕は、その事実が信じられず、目の前がぼやけるのを感じた。

いつも生徒会室で、完璧な書類を捌いている、

その小さな背中。

その中に、こんなにも繊細で、

確かな葛藤が宿っていたなんて。

後悔が、波のように押し寄せる。

自分は、ただのクラスメイトとして、

彼女の表面しか見ていなかった。

彼女が抱える孤独と、本当の自分を見せられない苦しみ。

その痛みに、気づいてやれなかった。

だが、同時に、温かい感情が、僕の心を満たしていく。

こんなにも純粋で、切ない想いを、

佐倉さんは自分に向けてくれていた。

その尊さに、僕の胸は震えた。

佐倉さんの想いが、歌になって、確かに僕の心に届いた。

全身の力が抜けていくような、けれど温かい感覚。

僕の瞳からは、一筋の光が溢れていた。

佐倉さんの「本当の声」に触れた喜びが、僕を包み込む。

僕は、震える指で、コメント入力欄を開いた。

なんて書けばいいのだろう。

この感情を、どう伝えれば、佐倉さんに届くのだろう。

驚きと感動が入り混じり、言葉を探す。

指先が、キーボードの上をさまよう。

何度も文章を消しては打ち直した。

感謝。そして、彼女の隠れた一面への共感。

そして、未来への希望。

それら全てを、短いコメントに込めるには、どうすればいい。

結局、自分にできるのは、たったこれだけだった。

深く息を吸い込み、僕は文字を打ち始めた。

指先から、佐倉さんへのメッセージが紡がれる。

「鍵音さん。

この歌、聴きました。

正直、心の底から震えています。

あなたの気持ち、痛いほど伝わってきました。

ありがとう。

『完璧な笑顔の裏』に、そんな歌があったなんて。

僕も、あなたの『隠れた情熱』に、

とても共感します。

好きなのに、好きって言う資格がない気がする。

その言葉、僕も、わかる気がします。

あなたの歌が、きっと誰かの心の鍵を開く光になる。

僕も、あなたの『鍵』を見つけたい。

この歌が、僕たちを繋ぐ光となることを願って」

送信ボタンを押す。

僕の胸は、高鳴ったままだった。

結衣の歌は、僕の心に、確かに響いた。

その旋律は、僕の心の中で、新しい未来への希望を奏で始めた。

僕の目に、結衣の「本当の姿」が鮮やかに映る。

結衣と僕の関係は、この日、新たなメロディを奏で始めた。

完璧な仮面の下に隠された真の自分を理解し合う。

これから先、どんな音を紡いでいくのだろう。

それは、まだ誰も知らない、二人だけの、新しい物語。

けれど、この歌が、確かな一歩となったことは、間違いなかった。

夜空に、一筋の光が差し込むようだった。

その光は、二人の未来を明るく照らしている。