3,恐怖学ⅠA ─who is above you?─

 夜の砂漠の中に一台の車が停まっていた。大人が四人乗ったらいっぱいになってしまいそうな小さくて白い車体に、見合わないような大きなタイヤを履いた車だ。

 外には幌で簡単な囲いが作ってあり、中には男性が一人小さな椅子に座っていた。黒くてまっすぐで背中にかかるほど長い髪を、頭の高い位置で括り、白いシャツと細身のズボンを身に付け、右の太腿には革製の大きなホルスターが付けられており、中には.40口径のリボルバーが収められている。男の名前はラドといった。

 そしてラドの膝の上には白くて細長いものが乗っかっている。よく見るとそれは白蛇だった。長い舌と鋭い牙、綺麗で真っ青な目を持っている。名前はシロといった。


 砂漠は風がとても少ない。微かに感じられるかどうかといった程度のそよ風で、辺りは静まり返っている。日によっては月明りもあるが、今日は新月が近いこともあり、辺りにあるのは車の室内灯と、置かれたランタンの微かな明かりだけだった。あとの無辺な砂漠は上にも下にも、ただひたすらに暗餡とした漆黒が続いているだけだ。


「なあ、ラド。」

 白蛇は口を開き、旅人に話しかけた。

「なーに、シロ?」

 旅人は返答した。

「お前は、怖いって思うことあるのか?」

「随分と変なことを聞くんだね。」 


 ラドは目の前に置いてある携帯用のバーナーに火を点けると、上に水の入った小型の鍋を載せた。

「怖いの種類にもよるかな。例えばこの火、火を使うこと自体を怖いとは思わないけど、この火がもし自分の服に燃え移ったら、うっかりここに手を突っ込んでしまったら、銃の火薬をうっかりここに入れてしまったら、そう想像すれば多少は怖い。」


「死ぬのは怖いか?」

「死ぬこと?死ぬのは怖いというよりも、嫌だといった方が近いかもしれないね。なんというか……これまで続いたことが終わってしまう、旅が終わってしまう、それが嫌なんだと思う。だから、死ぬことそのものが怖いというより、嫌なことを強要してくるもの……例えばぼくの眉間に拳銃を突き付けてくる人とか、そういうのは怖い。恐れはしないけど怖いとは思う。……難しいね。」


「じゃ、自分より立場が上の人間を怖いと思ったことは?」

「それってぼくのこと?ミスをしてしまったり、もしくは無礼を働いたりして、機嫌を損ねて……ふむ。考えてみたらあまり怖くないかもしれない。長いこと旅人をし過ぎたせいかも知れないけど。たとえその人がぼくを殺せと命令してきても、ぼくには従う気がないからって言うのもあるかもしれないね。」

「なるほどな。」


「話は逸れるけど、お前ちょっと前に裸になるのすげえ嫌がってなかったか?」

「あれは……確かに怖いものに加えてもいいかもしれないね。誰しも一つくらい、トラウマみたいなものはあるもんだよ。……触れないほうがいい過去もね。」

「……悪い。」


「しかし、シロがそんなこと訊いてくるなんて珍しいね。なんかあった?」

「いやなに。上空になんか浮かんでるもんだから」

「え」


「鳥かなんかかと思ったんだが、なんか人型っぽいもんで。」

「は」


「しかも微動だにしねぇし、なんか目が光っててこっちを睨んでそうな雰囲気を感じる。」

「な」


「でもまあ、ラドなら何とかなるだろ。な?」

「……」


 ラドは、全く黙りこくると、静かに拳銃をホルスターから抜いた。

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蛇蝎の旅人 白川雪乃 @Yoinu

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