第17話 無限牢獄と賢者の洞察

 国王が見つかったという一報は、瞬く間に城中を駆け巡った。

 その知らせは、城の厨房で「捜索活動」と称した優雅なつまみ食いを楽しんでいた誠一たちのもとにも届く。


「王様が見つかったそうですよ」


 誠一が報告すると、アリア姫はフルーツタルトを口元に運びながら「よかったですわ」と安堵の息を漏らした。


 王妃セレニアも、温かい肉汁滴るローストチキンを片手に「本当に安心いたしましたわ」と優雅に頷く。


「我らも力を尽くしたかいがありましたね」


 シルヴィアは肉を上品に食べ終え、満足げに成果を誇った。


 誠一もホッと胸をなでおろした。

 なんせ家賃ゼロ円で部屋を提供してもらっている身だ。大家である国王に何かあれば、部屋を追い出されるかもしれないと不安だったのだ。


「よかった、では俺は部屋に戻りますね」


 誠一は目的を果たしたので、地下牢にある自分の部屋へと戻ろうとした。すると、アリア姫がパッと顔を輝かせ、誠一の腕にすがるように言う。


「あの誠一さん、わたくしも窺ってよろしいでしょうか? せっかく父が見つかったのですもの、お祝いに誠一さんの素敵なお部屋でゆっくりしたいですわ」


 彼女は誠一と、一緒に過ごしたかったのだ。


「もちろんです、姫様。いつでもどうぞ」


 誠一は快諾した。

 すると、王妃セレニアも淑やかに微笑んで言う。


「では、わたくしもご一緒させていただきましょうか。最近、誠一さんの部屋の温泉が、わたくしの癒しになっておりますの」


 王妃は愛人のところから帰ってきたばかりの王様と、あまり一緒にいたくなかったらしい。


 そして、シルヴィアもきりっとした笑顔を浮かべ、腕まくりする。


「そうだな! 食後の運動をするか! 私も行くぞ、誠一殿!」


 シルヴィアの「食後の運動」という言葉に、誠一は内心苦笑しつつも、三人の美女と一緒にVIPルームに戻ることにした。


 こうして国王捜索隊は、目的を果たし解散。


 彼らの脳裏には、まさか国王が再び同じ牢獄に送られるとは、想像だにしていなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃、城の地下牢から救助され、自室のベッドで目を覚ました国王は、ようやく状況を把握すると、怒り狂った。顔は幽閉されていた二日間のやつれとは別の、激情にかられた赤黒い色に変貌している。


「王である余を牢に入れるとは……誰の悪戯だ! 犯人を見つけ出して処刑せねば気が済まん! いや、それよりもまず、あの異世界人を懲らしめるのが先だ! アルベルトよ! 付いてまいれ!」


 国王はそばに控えていた文官・アルベルト・フォン・シュナイダーに怒鳴りつけた。アルベルトはいつものように冷静沈着に頷き、国王の後に続いた。


 国王とアルベルトは、誠一の元へ向かうため、地下室への階段を下り、薄暗い廊下を進んだ。その足取りは、国王の怒りに比例して荒々しい。そして、例の転移魔法陣が設置されている場所へと差し掛かった、その瞬間だった。


 ブォン!


 空間がわずかに歪む。

 国王の体が、光の粒子に包まれるようにして、跡形もなく消え去った。


 アルベルトはそれを見て、ぴたりと足を止める。


 彼の優秀な頭脳は、瞬時にすべてを理解した。廊下の先に仕掛けられた、あの不可視の魔法陣。そして、国王の消滅。


「そうか……!」


 彼は静かに呟いた。


「あの転生者の仕掛けた罠にかかり、王様は牢獄に送られたのか…!」


 誠一はつい先ほど、牢から出て城をほっつき歩いていた。

 つまり、彼がこの罠を設置することは十分に可能だ。あの男は異世界人、そのような特殊能力を持っていても不思議ではない。


 只のパンツ泥棒のおっさんだと思っていたが――

 とんだ食わせ者だったのだ。


 アルベルトは冷静だった。


 彼は足元にあった小石を拾い上げ、廊下の先に投げた。小石は魔法陣の範囲を通過し、何事もなく地面に落ちる。転移することはなかった。


「ふむ、石は転移しないのだな」


 彼はそれだけ確かめると、それ以上先には進まずに、踵を返した。

 向かう先は、先ほど国王が救助されたばかりの、あの地下牢の独房だ。


「罠が作動するのは王に対してだけか……それとも、特定の魔力を持つ者か、人間だけなのか? 人数や発動回数に制限は? 詳細が分からない以上、これ以上先に進むのは危険すぎる」


 アルベルトは、深みに嵌る前に冷静に状況を分析し、身の安全を確保した。

 詳細を確認するのは後だ。彼は素早く地上に戻り、あの独房に閉じ込められている王様を再び発見し、救助した。


「いったいなぜ、余はこんなところに……! またしても、あの汚い牢獄に……!」


 王様は、救出されたばかりだというのに、すでに疲労困憊の様子でうめき声を上げた。精神的なダメージも大きいのだろう。アルベルトは恭しく頭を下げ、冷静に状況を説明した。


「おそらく、あの異世界人の仕掛けた罠が原因かと存じます。陛下の安全を鑑みれば、今はこの場でお待ちいただくのが賢明かと……」


「な、なにっ! おのれ、あのパンツ泥棒めがぁ!!」


 アルベルトの言葉を聞いた国王は、再び怒り狂った。

 顔を真っ赤にして牢屋から飛び出し、再び誠一の元へと向かおうとした。そして、彼はまたしても、同じ転移魔法陣の罠にかかり、呆気なく同じ牢屋へと転送された。


「おのれぇ~~~~~!!!!」


 王様の悲痛な叫びが、牢獄にむなしく響き渡る。

 その叫びを聞きながら、アルベルトは冷静に状況を分析していた。


「ふむ、どうやら罠に回数制限はないようだな。国王陛下をターゲットにした、極めて悪質な、そして巧妙な罠である可能性が大きいか……。これは、本格的に調査する必要がありそうだ」


 アルベルトは、深まる謎と、無限に繰り返される国王の転送現象を静かに見つめていた。その顔には、困惑と同時に、ある種の興味が浮かんでいる。

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