第16話 王様捜索隊、迷子の王と厨房の誘惑
国王捜索隊、改め「パンツ泥棒のおっさんと、美しき三人組による迷子探し」は、早速任務を開始した。
誠一を筆頭に、王妃セレニア、姫アリア、そして女騎士シルヴィアの四人だ。
彼らは、失踪する前の王の足取りを追う。分かっている手掛かりは一つ、王が愛人の館から戻った後、怒りに任せて誠一の住む地下監獄へ向かった、という事実だけだ。
「つまり、その途中のどこかで、何かしらアクシデントがあったと考えるのが妥当ですね」
誠一は顎に手を当て、名探偵さながらのポーズで推理を披露した。
その言葉に、三人の美女たちは真剣な眼差しを向けている。誠一は普段のヒモ生活で培った、妙な自信を胸に、城の中を進み始めた。
彼の第六感が、怪しい場所を嗅ぎ分けるかのように、一歩ずつ進んでいく。彼は自分が事件解決のキーパーソンであるかのように振る舞い、周囲の信頼を得ようと努めていた。
広大な城の廊下を、四人がかりで捜索すること数分。
その時、誠一の鼻腔をくすぐる、抗いがたい芳醇な香りが漂ってきた。それは、食欲を刺激する甘く香ばしい匂いだ。焼きたてのパン、香ばしい肉、甘い菓子が入り混じり、香りの絨毯のように彼らを誘う。
「む? この匂いは…!」
誠一の足がぴたりと止まる。
少しばかり道を外れたところに、城の厨房があることに気づいたのだ。彼の脳裏に閃光が走った。
「そうか、わかったぞ!」
誠一は、まるで長年の謎が解けたかのように声を上げた。
その声に、隣を歩いていたシルヴィアが、驚きに目を見開く。彼女の鋭い視線が、誠一の顔に突き刺さる。
「な、なに!? もう突き止めたのか!? さすが誠一殿! まさかこれほどの手腕をお持ちとは!」
姫アリアも目を輝かせた。
「さすがです、誠一さん! やはり誠一さんにかかれば、どんな難事件も解決できてしまいますのね!」
感嘆の声を漏らし、王妃セレニアもまた、
「あら、あの人は一体どこにいらっしゃるのかしら? 早く教えてちょうだい、誠一さん」
期待に満ちた表情で誠一を見つめた。
三人の視線が誠一に集中し、彼の得意げな表情は、さらにその輝きを増した。
誠一は、ドヤ顔で言い放った。
「王様はですね、地下牢に向かう途中で、きっとお腹がすいてしまったんですよ。それで、お城の厨房でつまみ食いをしたに違いありません!」
シン……と、先ほどまでの期待に満ちた雰囲気とはまた違う、奇妙な静寂がその場を包んだ。
三人の美女は、一瞬呆けたような顔を見せた後、同時に口を開いた。
「「「……それで、その後は?」」」
つまみ食いまでは分かったが、その後の消息が謎のままだ。
「そこまでは、まだ! ですが、我々も同じようにつまみ食いをすれば、何かしら手掛かりがつかめると思います! お腹を満たした後、どこに向かうのか……、我々もつまみ食いをすることで、次のヒントを思いつくかもしれません!」
誠一は胸を張り、力強く言い放った。
彼の真剣な眼差しは、まるでそれが本当に名推理であるかのように見えた。
三人は再び顔を見合わせ、そして小さく頷いた。
「「「なるほど」」」
かくして、迷子の王様捜索隊は、まずは厨房で情報収集(という名のつまみ食い)を行うことになった。誠一の奇妙な推理と、それに半ば強引に巻き込まれた三人の美女たち。
彼らの捜索は、早くもあらぬ方向へと進んでいた。
厨房の扉を開けると、そこはまさに食の楽園だった。焼きたてのパンが山と積まれ、香ばしいローストチキンが食欲をそそる。色とりどりの果物が山盛りになり、甘い香りのするパイが焼きあがっている。
「うわあ、おいしそうな料理がたくさんありますね!」
アリア姫が目を輝かせる。
「どれから食べますか、誠一さん?」
王妃セレニアが、どこか楽しげな声で尋ねる。
彼女の目は、煌めく料理の数々に釘付けだ。
「私は甘いものが良いですわ! このフルーツタルト、とても美味しそうです!」
アリア姫は早速、艶やかなフルーツがこれでもかと乗ったタルトに手を伸ばした。
「では、わたしはこの肉を。騎士には体力が必要ですからね」
シルヴィアは、迷うことなく巨大なローストチキンの一部分を切り取ると、豪快にかぶりついた。その姿は、騎士としての豪胆さを物語っていた。
誠一は、そんな彼女たちを満足げに見つめながら、自分もまた、温かいパンとチーズを手にした。
彼らは王様の捜索という大義名分の下、堂々と城の厨房を堪能し始めたのだった。誰一人として、これが本当に王様の足取りを追うことにつながるのかどうか、疑問に思う者はいなかった。
あるいは、考えることを放棄していたのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃――
城の地下深くにある牢屋の見張りの兵士たちの間にも、国王が行方不明だという噂が流れ始めていた。
彼らは普段から地下牢にいるため、城内の最新情報には疎い。しかし、さすがに国王の行方不明という一大事は、兵士たちの間でもすぐに広まった。
「なあ、お前…ひょっとして、さあ……」
一人の兵士が、ごくりと唾を飲み込んで隣の同僚に問いかける。
彼の視線は、二日前から現れた「身なりのいい謎の男」が収容されている牢獄に向けられていた。同僚もまた、神妙な面持ちで頷いた。
「ああ、だよな。あれって……まさか、王様なのか?」
彼らは、いつの間にか牢屋に入っていた、身なりのいい謎の男のことを思い返していた。
その男は、最初こそ「余はこの国の王だ! 早くここから出せ!! この無礼者どもが!!」と喚き散らしていたものの、あまりにも現実離れした言葉に、兵士たちは誰も取り合わなかった。
王様がこんな汚い地下牢に入れられるなど、天地がひっくり返ってもありえないことだと思っていたのだ。そのため、単なる狂人か、よほど身分の高い囚人が錯乱しているのだろうと、適当にあしらい、食事も水も最低限しか与えていなかった。
しかし、城中に響き渡る国王行方不明の噂を聞き、ようやく点と点が線で繋がった。あの男が言っていたこと……まさか、あれは真実だったのか!?
背筋に冷たいものが走る。
国王を、二日間も牢屋に放置していたとなれば、彼らの首がいくつあっても足りない。
「おい、まさか…! あの人が、本当に…?」
震える声で一人の兵士が鉄格子の中を覗き込むと、そこには騒ぎ疲れてぐったりと横たわる男の姿があった。
その顔は、やつれてはいるものの、良く見れば確かに肖像画で見た国王の顔に酷似している。いや、酷似どころではない。紛れもない国王その人だった。
「あの、王様ですか…?」
恐る恐る声をかけると、男は弱りきっていて、ぐったりとしている。
目は虚ろで、口元は乾ききっていた。まさか、あの尊大な国王が、こんなにも無残な姿になっているとは。兵士たちは一斉に顔を見合わせ、そして青ざめた。彼らの顔からは、血の気が引いていくのが見て取れる。
「本当に王様だ! 大変だ、大変だぞ!! 早く王様の部屋までお運びしろ! 急げ!」
慌てふためく衛兵たちは、ぐったりとした国王を抱え上げ、まるで割れ物を運ぶかのように、細心の注意を払いながら、慌ただしく王様の部屋へと運び去っていった。
その足取りは、まるで自分たちの命が懸かっているかのように必死だった。
こうして、奇しくも王様捜索隊が城の厨房でつまみ食い捜査に興じているのと同じ頃、国王は図らずも自力(?)で解放されることになったのだった。
城の地下で繰り広げられた勘違い劇は、ようやく終わりを告げたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます