第18話 王様の受難と、誠一の奥の手
アルカディア王国の文官、アルベルト・フォン・シュナイダーは、国王が何度も地下牢に転送される謎の現象を解明するため、冷静かつ周到な実験を開始した。
彼の目的は、異世界人・小山内誠一が仕掛けた罠の全容を見極めることだ。
彼はまず、地下牢に収容されていた囚人を一人選び出し、地下牢へと続く薄暗い廊下を歩かせた。じめっとした空気、壁を伝う水の音、そして微かに漂うカビの匂いが、その場の陰鬱さを際立たせる。
ブォン!
突如、空間が歪む独特の低音が響き渡り、囚人の姿は途中でふっと、まるで幻影のように消え去る。
アルベルトが確認すると、囚人は地上にある空き牢屋に転移していた。
「なるほど、やはり転移する」
彼は無表情に頷いた。
次にアルベルトは二人組の囚人を送り込んだ。
結果は同じだ。二人の姿も、同じ音と共に消え、地上へ転移する。続けて三人組、そして最後には屈強な城の兵士五人組を送り込んだ時点で、実験を中断した。
彼らも例外なく、地上にある牢屋の空き部屋に転移させられている。
アルベルトは冷静に実験結果を分析した。
一連の実験結果をまとめ、足早に王の元へと急いだ。
「どうやら、あの魔法陣は、地下牢へ向かう人間を無差別に地上へと転移させるようです。しかも、空き部屋がなくなると、すでに誰かが入っている部屋に、追加で転移していくことを確認しました。囚人だけでなく、兵士も例外なく牢屋に転移させられています」
***
アルベルトの報告を受けた王は、興奮気味に身を乗り出した。
玉座の間には、豪華な絨毯が敷かれ、壁には歴代の王の肖像画が飾られているが、今の王の顔には、そんな威厳は微塵もなかった。
「して、対応策は? 今度こそあの異世界人を捕らえて処刑してくれるわ!」
「陛下、あの廊下を進み、地下牢にたどり着くのは不可能であると思われます。転移魔法陣を突破する術は、現状では見当たりません」
アルベルトは淡々とした声で事実を告げた。
その声には一切の感情がこもっていない。
「では、どうすればよいのだ!?」
王の眉間の皺が深まる。
「対応策として最も有効なのは兵糧攻めであると思われます」
アルベルトは説明を続けた。
「あの異世界人が地下牢から出てこない限り、捕らえることはできません。ならば、彼らが食料を求めて出てくるのを待つしかありません。食料を断てば、いずれ彼らは音を上げるでしょう」
王は不機嫌そうに顔をしかめた。
その顔は、まるで子供がお菓子をねだるような、稚拙な不満に満ちている。
「兵糧攻めか……。時間がかかるではないか、余は今すぐに、奴を処刑したいのだ! 余を二日も牢屋に閉じ込めた罪、決して許せぬ!」
王様は、かくもわがままだった。
自らの怒りを鎮めるためには、いかなる手段も厭わない。
「そうですね……」
アルベルトは少し考え込む素振りを見せた後、一つの提案をした。
彼の目は、王の癇癪を最も効率よく鎮める方法を探るかのように、冷徹な光を帯びていた。
「では、転移魔法陣の手前まで行き、大声で投降を呼びかけるのはいかがでしょうか? 『おとなしく出てくれば罪には問わない』と嘘をつき、出てきたところを捕らえて処刑するのです。これなら、陛下の怒りもすぐに鎮まるかと」
王は顔をパッと輝かせた。
その表情は、まるで最高のいたずらを思いついた子供のようだ。
「よし! それでいこう!! いかにも王らしい、巧妙な罠であるな! 許すふりをして捉える。面白い! そして、きっちり処刑するのだ!」
王様は、見事なまでの卑怯者だった。
アルベルトもまた、心の中で静かに嘆息する。
だが、王命とあらば従うしかない。
王様とアルベルトは数人の兵士を引き連れて、再び地下牢へと向かった。
兵士たちの顔には、任務の複雑さに戸惑いの色が浮かんでいる。
***
地下牢へと続く薄暗い廊下、転移魔法陣の手前。
ひんやりとした空気が肌を刺す。王様たちはそこで、思わぬ人物たちと遭遇した。他ならぬ、アリア姫と、彼女に同行する女騎士シルヴィアだ。二人は誠一のVIPルームから出てきたばかりのようだ。
「ひ、姫、なぜここに!? ひょっとして、あの男の元にいたのか!?」
王様は、愛娘がよりにもよって“あの異世界人”の元にいたことに驚き、そして怒りを露わにした。その声は廊下に響き渡る。
「ええ、そうですわ。これから夕食を取りにいくところですの。お父さまこそ、こんなところで何をなさっているのですか?」
アリア姫は涼しい顔で答えた。その言葉に、王様の顔はさらに赤くなる。まさか王妃まで誠一のところにいるとは!
王は絶句した。
「あの異世界人を捕らえに来たのだ! 奴を処刑する!」
「え、ええっ!?」
姫は王様の言葉に目を見開いた。
その顔には、驚きと、そして隠しきれない困惑が浮かんでいる。
「お父さま、それはあまりにも酷すぎますわ! 誠一さんは確かに、どうしようもないクズ野郎ですけれど、いいところも少しはあるんです! わたくしたちを助けてくれたこともありますし、それに…」
「ええい、あのような屑野郎を擁護するとは、どうしてしまったのだ姫よ! あの男は余を牢獄に閉じ込めたのだぞ!」
こうして、王様と姫の言い争いが始まった。
二人は、誠一がいかにどうしようもないクズであるかを、大声で言い合っていた。父親は娘の変わってしまった態度に絶望し、娘は父親の短絡的な思考に呆れている。
二人の怒鳴り声は、地下牢の奥、誠一の部屋まで響いていた。
誠一は王妃セレニアを伴って部屋から出ることにする。
本当は喧嘩の仲裁など嫌だったが――
自分の悪口を言い合っている二人を放置はできない。
「あの、お二人とも、少しだけ声のトーンを下げてもらってもよろしいでしょうか? 近所迷惑っていうかですね。あの、その……」
誠一はどもりながらも、なんとか状況を収めようとする。
その視線は泳ぎ、口元は引きつっていた。彼はニート歴が長いので知らない人がいるとこうなる。声も尻すぼみに小さくなっていく。
怒鳴り合う王と姫の耳には、彼の声は届いていないようだった。
そして誠一の登場に気が付いた王様の怒りは、頂点に達した。
その顔は茹で上がったタコのように真っ赤だ。
「きさま!! よくもぬけぬけと現れたな! それに王妃よ、このような者のところに通っておるそうだな! 国家反逆罪で処刑するぞ!!」
王妃セレニアは、王様の横暴な言葉に顔をしかめた。
その美しい顔に、わずかな不快感がよぎる。
「まあ、横暴ですわ。それは言い過ぎです、お父さま」
アリア姫も父親に抗議する。
そして、王の発言を聞いた誠一は、冗談抜きで大変なことになったと、大慌てした。王妃まで巻き込んでの国家反逆罪だ。何とかしなければ、と焦るが、ただのおっさんである彼に、この場でできることは何もない。
「殺すとか、それはやりすぎですよ!」
彼はそう叫び、とっさに【スティール】を発動させた。
誠一の【スティール】は、女性からはパンツを奪い、好感度を上げるという効果がある。だが、男性に使った場合、何を奪うのかは分かっていない。
過去に一度だけ、勇者からは聖剣と聖剣を装備できる才能を10分だけ奪うことができたが、それ以外の男性に使ったことがないため、効果は未知数だ。
だが、彼にできることはそれしかなかった。
彼は、ただの、おっさんなのだから――
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