差し迫った危機

第9話 夏の熱

『進化とは、優しさだけでは生まれない。

 厳しさの中で、命は磨かれていく。

 さあ、ハジメくん。

 この世界に、“初めての冬”を贈ろう——』



***



 季節を作って、初めての夏がやってきた。

 植物はぐんぐん伸び、青々と葉を茂らせる。

 海面の温度は上昇し、頻繁に雲ができては雨を降らせていた。

 海に入ればクラゲの繁殖は活発化し、海流により海藻の交配も進んでいる。


(夏だなぁ…)


 生温い湿った風が、体表を撫でる。

 強くなった日差しが、地面に含まれた水分さえも奪っていく。


(地面に影が出来れば良いのか?)


 葉っぱの広い、自分自身に影を作る個体を作り出す。


(身体から水分が抜けなければ良いのか?)


 表面をロウのような物でコーティングした、蒸発に強い個体を生み出す。


(水を蓄えられれば良いのか?)


 水分を備える分厚い葉を作り、多肉植物と化した個体を再現した。


(俺が分かるのはこれくらいなんだよな…)


 単子葉類がひげ根、双子葉類が主根と側根だというのは知っている。だけれどそれがどう機能して、どういう時にどういう場所で必要となるのかまでは分からなかった。




 そうしている内に日照りが続く日がやってきて、俺たちスライムに危機が訪れる。

 身体の水分蒸発が保水力を上回り、水辺でないと生きられなくなったのだ。

 スライムの動きはそれほど速くない。むしろ遅いとすら言えるだろう。そんな中で、遠くまで世界を見に行かせていたスライムたちから、干からびて死んでしまう個体が現れた。


 ぷつん、と途切れてしまう感覚共有が恐ろしい。


(このままでは、死んでしまう)


 俺は海に行った経験から、細胞膜や、海藻の真似をした粘液での乾燥対策を地上でも行なう事にする。

 水場への移動が間に合わないと思われるスライムには、たとえ動けなくなるのだとしても自分の身体を守る殻を作らせたり、日中は地中に潜り夜に活動するように命令を出したりした。




 一方、クラゲも海面近くでは茹だりそうになっていた。海面温度が上昇して、海水に浸かっていても危険だったのだ。熱を嫌ったクラゲたちの中には、海の深く深くへと潜っていく個体が現れた。

 光の届かない奥底で、クラゲに更なる進化が訪れる。


 ——魔法だ。


 元はスライムだったクラゲたちは、魔力の操作が得意だった。その魔力を操って、わずかながらに発光する術を手に入れたのである。

 けれど、それはほんの少しの光であるが為に、クラゲはスライムのような全身で漠然と光を感じ取るのではなく、それ専用の感覚器官を作り出した。


 ——つまり、目の原型が出来たのだ。





 やがて地上に大量の雨が降る。

 スコールとも言っても良いそれは、根の浅い植物たちを根こそぎ押し流してしまった。

 それでも残った植物があり、観察すると、俺が諦めた“根っこの進化”が起こっていた事に気がついた。

 地中深くに根差した根っこは、深い所にある水を吸収する為に育ったのだろう。


(そうか……もう俺の手を離れても、進化していけるんだな)


 最初は沢山の手助けが必要だった。

 それが、環境変化という刺激を与える事で、それぞれが独自の道を歩んでいる。


(いつか、俺が居なくても、世界は回るようになるんだろう)


 感動と、少しの寂寥を感じながら、俺はそっと風に揺れる草の根に土を被せた。

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