第38話:定められた道、踏み外す一歩。
「――私は、彼に、彼の、果たすべき、役割を、伝えました」
天空の城に響く、天使フィリアの、静かな、しかし、絶対的な響きを持つ、声。
その言葉に、俺たちは、息をのんだ。
セレスが、震える声で、問いかける。
「勇者様に…彼の、役割を、伝えた、とは…一体、何を、お伝えになったのですか…?」
フィリアは、その、琥珀色の瞳を、俺たち一人一人に、順に、向けて。
まるで、出来の悪い、生徒に、世界の、仕組みを、説いて聞かせる、教師のように、話し始めた。
「この世界、という、一つの、巨大な、システム。それは、常に、安定と、不安定の、その、狭間で、奇跡的な、バランスの上に、成り立っています」
その声は、どこまでも、平坦で、無感情だった。
「魔王という、存在は、その、システムの、バランスを、著しく、損なう、大規模な、エラーです。放置すれば、やがて、システム、そのものが、崩壊しかねない、致命的な、不具合、と言ってもいい」
「そして、『勇者』ハヤトは」
フィリアは、言葉を、区切った。
「その、エラーを、強制的に、除去し、システムを、再び、安定化させるために、この世界に、召喚された、正規の、デバッグ・プログラム。それが、彼の、役割です」
デバッグ・プログラム。
その、あまりに、無機質な、言葉。
俺の、脳裏に、前の世界での、記憶が、蘇る。
深夜の、オフィス。鳴り響く、エラー音。モニターに、並ぶ、意味不明な、文字列。
その、バグを、見つけ出し、修正し、システムを、正常に、動かす。
それが、俺の、仕事だった。
ハヤトは、俺と、同じ、だったのか。いや、違う。もっと、過酷だ。
「彼が、魔王を倒すこと。それが、この、世界のシステムが、予定している、最も、確実で、そして、安定した、『正規ルート』です。私は、彼に、その、揺るぎない、事実を、伝えたまで」
その、言葉の、残酷さ。
仲間たちが、絶句している。
ハヤトの、あの、苦悩に満ちた、顔の、理由が、今、分かった。
彼は、ただ、使命を、与えられただけではない。
お前は、この、物語の、主人公で、その、結末は、決まっているのだと。
お前は、その、役を、演じるための、歯車なのだと。
そう、宣告されたのだ。
それは、希望などではない。
決定された、未来という、逃れようのない、呪いだ。
フィリアは、そんな、俺たちの、動揺など、意に介さず。
その、静かな、視線を、俺に、向けた。
「ですが、あなたは、違う」
その、琥珀色の瞳が、俺という、存在の、本質を、分析し、解析していく。
「あなたは、この、世界の、いかなる、観測ログにも、記録されていない、存在。本来、ここに、いるはずのない、イレギュラー」
そして、彼女は、静かに、しかし、はっきりと、俺に、裁定を、下した。
「――システムから、見れば。あなたは、ただの、予測不能な、『バグ』、です」
バグ。
その、一言に。
ゴードンが、吼えた。
「バグだと!? この、小僧が、ただの、システムの、欠陥品だと、言うのか! ふざけるな、この、羽虫が!」
ゴードンの、怒声に、フィリアは、ただ、静かに、手を、かざした。
「静かに。バグは、必ずしも、悪では、ありません」
その声には、感情がない。ただ、事実を、述べているだけだ。
「確かに、バグは、システムを、不安定にさせ、時には、クラッシュさせる、原因にも、なるでしょう。ですが」
フィリアの、琥珀色の瞳に、初めて、ほんの、わずかな、ゆらぎが、生まれた。
それは、好奇心、という、感情に、似ていた。
「――バグは、時として。永遠に、同じ動作を、繰り返すだけの、凝り固まった、システムが、自己を、変革し、より、高次の、段階へと、『進化』するための、唯一の、きっかけにも、なるのです」
彼女は、ハヤトと、俺を、対比する。
「勇者ハヤトは、この世界を、『安定』させるための、駒。定められた、楽譜の上を、完璧に、踊る、プリマドンナ」
「ですが、あなたは、この世界を、『進化』させる、可能性、そのもの。楽譜にない、音を、奏でる、予測不能の、ジャズプレイヤー」
彼女は、俺に、選択を、突きつける。
決定論と、自由意志。
定められた、調和と、混沌とした、自由。
「――私は、あなたの、選択が、見たい」
その、言葉は、まるで、神の、視点だった。
この、世界という、箱庭で、駒が、どう動くのかを、ただ、観察する、絶対者の、視点。
「私の、仕事は、ここまで。さあ、お帰りなさい、イレギュラーズ。あなた方の、奏でる、音楽を、楽しみに、しています」
フィリアが、そう、微笑んだ、瞬間。
再び、俺たちの、体を、まばゆい、光の柱が、包み込んだ。
◇
気づけば、俺たちは、元の、古代遺跡に、立っていた。
時間は、一秒も、進んでいないかのようだ。太陽の、位置も、風に、そよぐ、苔の、揺らぎも、転送される前と、何も、変わらない。
だが、俺たちは、もう、元の、俺たちでは、なかった。
この、世界の、残酷な、秘密を、知ってしまったのだから。
仲間たちは、皆、言葉なく、立ち尽くしている。
俺は、空を、見上げた。
あの、どこまでも、青い、空の、向こう。
ハヤトは、今も、飛んでいる。
「デバッグ・プログラム」として。定められた、道を。
その、ゴールの、先にあるのが、本当に、彼自身の、幸せだと、信じて。
俺は、どうする?
バグ、ねぇ。
俺の、口元に、ふ、と、自嘲するような、しかし、どこか、愉快で、たまらない、というような、笑みが、浮かんだ。
「バグ、か。そりゃ、上等だ」
俺は、仲間たちに、聞こえるように、わざと、少し、大きな声で、言った。
「システムの、言うことなんざ、端から、聞く義理は、ねえって、ことだからな」
その、言葉に。
セレスが、クラウディアが、ハッと、顔を上げる。
ゴードンと、カイゼルが、ニヤリ、と笑う。
リーファの、口元が、わずかに、緩み。
ルナの、瞳に、小さな、光が、灯る。
そうだ。俺は、バグで、いい。
イレギュラーで、結構。
定められた、物語なんざ、知ったことか。
俺は、俺の、腹の減り具合と、その日の、気分に従って、歩くだけだ。
その、一歩が、たとえ、この、世界の、システムを、根底から、覆す、一歩に、なったとしても。
俺は、仲間たちに、向き直ると、いつもの、調子で、言った。
「さて! やかましい話は、もう、終わりだ! 腹が、減った! 次の、街で、美味いもんでも、探すぞ!」
俺の、その、能天気な、一言に。
仲間たちの、顔に、ようやく、いつもの、呆れたような、しかし、温かい、笑顔が、戻った。
俺たちは、再び、歩き出す。
定められた、道ではない。
俺たちが、俺たちの、足で、作る、新しい、道を。
その、一歩、一歩を、ただ、踏みしめて。
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