第37話:忘れられた転送陣。
王女シャルロッテの、切なる願い。
ハヤトを、助けてあげてほしい、という、その言葉。
俺の心に、それは、小石のように、ぽとりと落ちて、小さな、しかし、消えることのない、波紋を、広げ続けていた。
だが、まあ、だからといって、俺たちの、行き当たりばったりな旅が、何か、劇的に、変わるわけでもない。
俺たちは、相変わらず、その日の、気分と、腹の減り具合で、進む道を、決めていた。
その日、俺たちが、足を踏み入れていたのは、古代文明の、遺跡だった。
風化した、巨大な、石の柱。苔むした、祭壇。もはや、何が書かれていたのか、読み解くこともできない、石版。
そんな、物悲しい、しかし、どこか、荘厳な風景の中を、俺たちは、歩いていた。
「ふむ。この、石の、切り出し方…。ドワーフの、仕事にも、似ておるが、それよりも、遥かに、古い時代の、技術じゃな」
ゴードンが、専門家ぶって、石柱を、ぺたぺたと、触っている。
「これほどの、文明が、なぜ、滅びたのか。興味深いな」
カイゼルが、静かに、呟く。
「…空気中の、魔力の残滓が、異常に、濃密です。おそらく、ここは、古代の、巨大な、儀式場だったのでは…」
セレスが、真剣な顔で、分析する。
仲間たちが、それぞれ、この、古代のロマンに、思いを馳せている、その、一方で。
俺は。
「はぁ〜…。なあ、まだ、着かねえのか? もう、三時間も、歩いてるぜ。腹、減ったんだけど」
俺は、近くにあった、苔むした、巨大な、立石に、ぐでー、と、寄りかかっていた。
その、石には、何やら、奇妙な、文様が、刻まれ、それが、ぼんやりと、青白い光を、放っていることにも、気づかずに。
「リク! あなたは、また、そのような、締まりのない…! 少しは、この、歴史の、重みを、感じたらどうです!」
セレスの、お小言が、飛んでくる。
「いや、重みなら、感じてるぜ。腹が減りすぎて、足が、鉛みてえに、重い」
俺は、さらに、ぐでーっと、石に、体重を、預けた。
その、瞬間だった。
――カチリ。
石の、どこか、奥深くから、そんな、小さな、スイッチが入るような、音がした。
次の瞬間。
俺たちの、足元の、地面が、一斉に、まばゆい、光を、放ったのだ!
見れば、地面には、巨大な、そして、恐ろしく、複雑な、魔法陣が、描かれている。俺が、寄りかかっていた石は、その、魔法陣の、起動スイッチだったらしい。
「うおっ! なんじゃこりゃあ!?」
ゴードンの、驚愕の、声。
「まずい! 古代の、転送魔法陣だ! しかも、暴走しておる!」
カイゼルの、鋭い、声。
「きゃあああっ!」
セレスの、悲鳴。
俺は、といえば。
「おお、光ってる。綺麗だな」
などと、呑気なことを、考えていた。
だが、次の瞬間、強烈な、浮遊感に、襲われる。
体が、ふわりと、宙に浮き、視界が、真っ白な光で、塗りつ潰されていく。
「リク! あなた、また、何か、余計なことをおおおおおおおっ!」
セレスの、絶叫が、光の中に、吸い込まれていくのを、最後に。
俺の、意識は、一度、途切れた。
◇
次に、目を開けた時。
俺たちは、立っていた。
いや、浮いていた、という方が、正しいのかもしれない。
足元にあるのは、地面ではない。
ふかふかとした、しかし、確かな、実体を持つ、雲の、大地。
見渡す限り、どこまでも、広がる、青い、青い、空。
太陽の光が、優しく、そして、暖かく、俺たちの体を、包み込んでいる。
そして、その、雲の、大地の上には。
信じられないような、光景が、広がっていた。
黄金と、真珠で、できた、白亜の、宮殿。
それは、いくつもの、浮島のように、点在し、その、島と、島の間を、虹色の、光で、編まれた、橋が、結んでいる。
どこからか、風鈴のようでもあり、聖歌のようでもある、清らかで、美しい、音楽が、絶えず、聞こえてくる。
「……こ、ここは…」
セレスが、呆然と、呟く。
「天国…ですの…? 私たち、とうとう、リクの、無謀の、巻き添えで、死んでしまったのですか…?」
「失礼な。俺は、死なない程度の、頑丈さが、取り柄だぞ」
その、あまりに、神々しく、そして、非現実的な、光景に。
ゴードンさえも、カイゼルさえも、言葉を、失っている。
そんな、俺たちの前に。
一人の、「何か」が、光の橋を、渡って、静かに、歩み寄ってきた。
それは、人の形を、していた。
だが、人では、なかった。
背中には、純白の、巨大な、鳥の翼。
その身にまとっているのは、光を、そのまま、布にしたかのような、シンプルな、白い、ローブ。
そして、何より、その、顔。
完璧な、黄金比で、構成された、その造形は、美しい、という、言葉さえ、陳腐に、感じさせるほど、この世の、理から、超越していた。
性別さえも、曖昧だ。男のようでもあり、女のようでもある。
その、琥珀色の瞳だけが、この世界の、全ての、歴史を、見つめてきたかのような、静かで、穏やかな、そして、絶対的な、叡智を、宿していた。
その、存在は、俺たちの前で、歩みを、止めると。
その、完璧な、唇を、動かした。
その声は、この、天空に、流れる、音楽そのものだった。
「――ようこそ、イレギュラーズ。天空の城、『エリュシオン』へ」
イレギュラーズ。
不規則な、者たち。
その、言葉が、俺たち、一人一人を、指しているのだと、直感的に、理解した。
「貴女は…一体…? そして、ここは、どこなのですか…?」
クラウディアが、警戒しながらも、代表して、問いかける。
その、存在は、穏やかに、微笑んだ。
「私は、フィリア。この世界の、システムを、管理する、ささやかな、歯車の一つです」
システム、管理者。
その、言葉に、俺は、前の世界の、仕事を、思い出した。
サーバー室の、無機質な、匂いと、鳴り響く、エラー音。
反吐が出る。
フィリア、と名乗った、その天使は、俺たち、一人一人を、品定めするように、見つめた。
そして、その、琥珀色の瞳が、俺の上で、ぴたり、と、止まった。
その、静かな瞳に、ほんの、わずかな、波紋が、広がったのを、俺は、見逃さなかった。
それは、驚き、というよりは、むしろ、未知の、プログラムコードを、発見した、システムエンジニアの、それに、近かった。
「……あなた、ですね」
フィリアは、俺だけに、語りかけるように、言った。
その声は、相変わらず、穏やかだったが、その、奥に、鋭い、分析の、光が、宿っている。
「観測ログに、記録されていない、予測不能の、特異点(シンギュラリティ)は」
特異点。
俺が、その、言葉の意味を、考える前に。
フィリアは、続けた。
「あなた方の、前に、この城を、訪れた、もう一つの、イレギュラーが、おりました」
その、言葉に、俺の、心臓が、どくん、と、跳ねた。
「――『勇者』ハヤト、と、名乗っていました。私は、彼に、彼の、果たすべき、役割を、伝えました」
その、天使の、唇が、紡ぎ出す、言葉。
それは、この、世界の、根幹を、揺るがす、真実の、始まりを、告げていた。
俺は、ただ、黙って、その、言葉の、続きを、待っていた。
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