第36話:王女の憂鬱と、お城での大騒動。



聖都サンクトゥスを、ある意味、盛大に、そして、ドラマチックに追い出された俺たちは、再び、あてのない旅路に戻っていた。

次に、王都に立ち寄ることにしたのは、全くの、偶然だった。

いや、半分は、セレスの、強い要望だ。


「クラウディア様が、正式に、騎士団を、脱退したこと。そして、ボルフォス卿の、不正を、報告する義務が、私にはあります。これは、神に仕える者として、当然の…」

「はいはい、分かった分かった。要するに、面倒な、事務処理だろ。ついでに、美味い飯でも、食って帰ろうぜ」


王都は、聖都とは、また、違った意味で、息が詰まる場所だった。

サンクトゥスが、信仰と、規律で、人を縛る街なら。

この、王都は、権力と、見栄で、人を、縛る街だ。

行き交う、貴族たちの、鼻持ちならない、香水の匂い。兵士たちの、カツ、カツ、と、リズムを刻む、無機質な、足音。全てが、よそよそしく、そして、排他的な、空気を、作っていた。


そんな、俺たち、場違いな、ご一行の噂は、あっという間に、王城にまで、届いたらしい。

俺たちが、安宿で、ゴードンとカイゼルの、恒例の、言い争いを、眺めていると。

やけに、きらびやかな、鎧をまとった、使者が、現れたのだ。


「流浪の剣士、リク殿、御一行様ですな。我が国の王女、シャルロッテ殿下が、あなた方に、謁見を、賜りたい、と、仰せです」


その、丁寧な、しかし、有無を言わさぬ、口上。

仲間たちの、視線が、一斉に、俺に、集中する。


「リクが、お城の、晩餐会に…?」

セレスが、顔を、青くして、呟いた。

「天変地異の、前触れでしょうか…」

「フン、貴族の、飯なんぞ、美味いわけが、あるまい。見栄と、体裁の、味しか、せんわ」

ゴードンが、吐き捨てる。


俺は、といえば。

「晩餐会? それって、美味いもん、腹いっぱい、食えるのか?」

「は、はい。おそらく、国一番の、料理人が、腕を、振るうかと…」

「よし、行く」


俺の、動機は、いつだって、単純明快だった。



結論から、言おう。

王城の、晩餐会は、俺にとっては、地獄だった。


巨大な、シャンデリアが、目が眩むほどの、光を放つ、大広間。

床は、自分の顔が、映り込むほど、磨き上げられ、壁には、歴代の、王の、肖像画が、ずらりと、並んでいる。

オーケストラが、奏でているのは、眠気を誘う、優雅で、退屈な、クラシック音楽。

そして、そこに集うのは、扇子で、口元を隠しながら、腹の探り合いをしている、キツネとタヌキのような、貴族たちばかり。


無理やり、着せられた、窮屈な、礼服。

首元が、苦しくて、死にそうだ。

俺は、隙を見ては、テーブルの、カナッペを、くすね、スピーチをする、宰相閣下の、あまりの、話の長さに、盛大に、あくびを、かました。

そのたびに、セレスと、クラウディアの、二人がかりで、脇腹を、つねられる。痛い。


そんな、地獄のような、時間の、中で。

俺は、玉座に座る、一人の、少女に、気づいた。

シャルロッテ王女。

彼女は、まるでお人形のように、美しく、そして、完璧な笑みを、その顔に、貼り付けていた。

だが、その、紫水晶のような、瞳の奥には、深い、深い、憂いの色が、淀んでいる。

まるで、美しい、鳥かごの中で、翼を、もがれた、小鳥のようだった。


彼女は、退屈そうに、そして、寂しそうに、この、きらびやかな、偽りの、宴を、眺めていた。

そして、時折、俺の、この、場違いな、行儀の悪い、挙動を見ては、その、唇の端に、ほんの、かすかな、笑みを、浮かべているようだった。


やがて、退屈な、ダンスの時間が、始まった。

貴族たちが、示し合わせたように、優雅に、踊り始める。

ああ、もう、駄目だ。限界だ。

俺は、この、息が詰まるような、予定調和の、空気に、耐えられなかった。


俺は、席を立つと、全ての、作法を、無視して。

玉座に座る、シャルロッテ王女の、その、目の前まで、まっすぐに、歩いていった。

周囲の、貴族たちが、息をのむ、気配がした。


俺は、前の世界の、映画で見た、見様見真似の、ぎこちない、お辞儀をすると、彼女に、手を、差し出した。


「よう、姫さん。退屈、してんだろ」

俺は、にっと、笑った。

「俺と、一曲、踊らねえか?」


その、あまりに、不敬な、申し出。

衛兵が、剣の柄に、手をかける。

だが、シャルロッテ王女は、その、衛兵を、手で制すると。

驚くほど、楽しそうな、そして、少しだけ、悪戯っぽい、笑みを、浮かべた。


「ええ、喜んで。流浪の、剣士様」


彼女は、俺の、その、無作法な手を、取った。


もちろん、ダンスが、うまくいく、はずもなかった。

俺は、ワルツの、ステップなど、知る由もない。

見事に、彼女の、美しいドレスの、裾を、踏みつけ。

右に、回るところを、左に、回ってしまい。

優雅な、調べは、俺たちの、ちぐはぐな動きのせいで、もはや、ただの、騒音と化していた。


だが、シャルロッテは、ずっと、笑っていた。

最初は、くすくすと、上品に。

やがて、こらえきれなくなったように、声を上げて。

それは、彼女が、この、城に来てから、初めて見せた、心の底からの、笑顔のように、見えた。


そして、悲劇は、曲の、最後に、起こった。

俺は、格好をつけて、映画の、ワンシーンのように、彼女を、くるりと、回転させ、そして、情熱的に、その身を、反らせる、という、大技を、試みた。


結果。

俺は、見事に、自分の、足に、もつれて、すっ転んだ。


「おわあああああっ!」


俺は、シャルロッテ王女を、巻き込みながら、背後にある、見上げるほど、高く、積み上げられていた、シャンパン・タワーへと、一直線に、突っ込んでいったのだ。


ガッシャアアアアアアアアアン!!!


この世の、終わりのような、派手な、破壊音。

シャンパンの、滝。黄金色の、洪水。

貴婦人たちの、甲高い、悲鳴。

俺は、甘い、酒の香りと、大量の、ガラス片の、山の中に、埋もれていた。


「「「曲者だあああああっ! 王女様を、お守りしろおおおっ!」」」

衛兵たちの、怒号が、響き渡る。

ああ、これは、本格的に、まずいことになったな。



結局、俺たちは、城から、叩き出された。

まあ、当然の、報いだ。


夜風が、火照った、頬に、心地よい。

俺たちが、とぼとぼと、城門へ向かっていると。

後ろから、小さな、足音が、聞こえた。


「――待って、ください」


振り返ると、そこに、シャルロッテ王女が、いた。

きらびやかな、ドレスではない。簡素な、白い、ワンピース姿だった。


「リク、様」

彼女は、そう、俺の名を呼ぶと、悪戯っぽく、笑った。

その、瞳は、潤んでいた。


「ありがとう、ございます。…久しぶりに、心の底から、笑いましたわ」

「そりゃ、どうも。こっちは、殺されるかと思ったぜ」

「ふふ…。勇者様は、いつも、完璧でした。礼儀も、言葉遣いも、立ち居振る舞いも…。まるで、物語の、英雄、そのもの。…でも、あの方は、一度も、笑わなかった。ずっと、何かに、耐えているような、苦しそうな、お顔を、なさっていました」


彼女の、瞳から、ぽろり、と、一筋の、涙が、こぼれ落ちた。


「あなたの、その、めちゃくちゃで、自由な姿を見ていたら…なんだか、あの方を、思い出してしまって。窮屈な、鎧を着せられて、動けなくなっている、あの方を…。本当は、あなたのように、笑いたかったのかも、しれない、って…」


彼女は、俺の、ローブの袖を、ぎゅっと、掴んだ。

その、表情は、もう、王女のものではなかった。

ただ、一人の、大切な人を、想う、少女の顔だった。


「お願い、です…」

彼女は、懇願するように、俺を、見上げた。


「ハヤトを…。勇者様を、助けて、あげて、ください…」


その、切実な、祈り。

俺は、何も、言えなかった。

ただ、その、小さな、震える手を、見つめながら。

この、世界で、俺が、背負うには、あまりにも、重すぎる、もう一つの、繋がりを、感じていた。

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