第39話:勇者パーティの限界。
**《ハヤトの視点》**
魔王の領地は、死と、絶望の色をしていた。
空は、決して、晴れることのない、分厚い、紫色の雲に覆われている。
大地は、ひび割れた、黒い、不毛の地。そこかしこから、硫黄の、鼻を突く匂いが、立ち上っていた。
枯れ木は、まるで、天を、呪うかのように、その、黒い、骸のような枝を、突き上げている。
ヒュウヒュウと、吹き荒れる風は、まるで、亡者の、呻き声のようだった。
光も、緑も、生命の、温もりも、ここには、何一つ、存在しない。
ただ、ひたすらに、歩を進める、俺たちの、荒い呼吸と、鎧の、擦れる音だけが、この、死の世界に、響いていた。
もう、何日、戦い続けているのか、分からない。
この、呪われた大地では、時間の、感覚さえ、麻痺していく。
俺たちは、休むことなく、戦い続けた。
大地から、湧き出る、おぞましい、魔物の群れ。
その、悪意に、満ちた、爪と、牙を、俺たちは、ただ、無心に、打ち払い、切り裂き、焼き尽くしていった。
俺は、自分を、機械だと、思い込もうとしていた。
疲労も、恐怖も、痛みも、感じない。
ただ、プログラムされた、命令通りに、敵を、排除するだけの、機械。
「前に、進め」
「敵を、倒せ」
「休むな」
「感傷に、浸るな」
俺は、そう、自分に、言い聞かせ続けた。
そうしなければ、とっくの昔に、心が、折れていたからだ。
その日も、俺たちは、血と、泥に、まみれていた。
鉄の、装甲を持つ、巨大な、蠍型の、魔物の群れ。
その、猛毒の、尾を、かいくぐり、硬い、甲殻を、叩き割り、俺たちは、辛うじて、勝利を、もぎとった。
最後の、一匹が、断末魔の、叫びを上げて、黒い、体液を、撒き散らしながら、倒れる。
そして、訪れる、静寂。
「……はぁ…っ、はぁ…っ」
ダイキが、その場に、大剣を、突き立て、膝から、崩れ落ちる。彼の、自慢の鎧は、へこみ、裂け、もはや、原型を、留めていない。
アヤカも、魔力を、完全に、使い果たしたのか、杖を、支えに、その場に、へたり込んでいた。
その、肩は、小さく、震えている。
やがて、その、震えは、嗚咽へと、変わった。
「……もう、いやだ…」
ぽつり、と。
アヤカの、唇から、そんな、言葉が、こぼれ落ちた。
「戦うのも、傷つくのも、怖いのも…もう、全部、いや…。私…、家に、帰りたいよぉ…」
その、か細い、泣き声が。
張り詰めていた、最後の、糸を、断ち切った。
「ハヤト!!」
ダイキの、怒声が、俺の、鼓膜を、突き破った。
彼は、鬼のような、形相で、俺を、睨みつけていた。
「てめえ、いつまで、こんな、地獄を、続けさせる、気だ!」
「……魔王を、倒すまでだ」
俺は、感情を、殺し、冷たく、言い放った。
「休んでいる、暇はない。すぐに、体勢を立て直して、次へ、進むぞ」
「ふざけるなッ!!」
ダイキが、俺の、胸ぐらを、掴み上げた。
その、瞳は、怒りと、そして、深い、悲しみで、燃えている。
「アヤ-カが、泣いてるのが、見えねえのか! 美咲が、今にも、倒れそうなのが、分かんねえのかよ! 俺たち、もう、とっくの昔に、限界なんだよ!」
「限界は、超えるために、ある!」
俺も、叫び返した。
「俺たちは、勇者一行だ! この、世界の、最後の、希望を、背負ってるんだぞ! 弱音を、吐いている、場合じゃない!」
「希望だと!? その、希望のために、俺たちは、死ねってのか!?」
ダイキの、拳が、震えている。
「俺たちは、お前の、その、クソみてえな、『使命』とやらの、ための、便利な、道具じゃ、ねえんだぞ! 俺たちは、生きてるんだ! 怖いし、痛いし、家に、帰りたいんだよ! なんで、それが、分かんねえんだよ、ハヤト!」
その、魂からの、叫び。
俺たちの、友情も、信頼も、何もかもが、ギシギシと、音を立てて、崩れていくのが、分かった。
俺たちの、パーティという、一つの、システムが、完全に、破綻を、きたした、瞬間だった。
俺は、何か、言い返そうとした。
正義について、使命について、犠牲の、尊さについて。
「勇者」として、正しい、言葉を、紡ごうとした。
だが、その時。
俺は、見てしまった。
美咲の、顔を。
彼女は、泣いてはいなかった。怒っても、いなかった。
ただ、その、黒い瞳に、底なしの、悲しみを、湛えて。
まるで、初めて見る、生き物でも、見るかのように。
痛ましげに、俺の、ことだけを、じっと、見つめていた。
その、声なき、声が、俺の、心に、突き刺さった。
――どうして、そんなに、なってしまったの?
――私たちが、知っている、ハヤトは、どこへ、行ってしまったの?
その、静かな、問いかけが。
俺が、今まで、必死に、築き上げてきた、「勇者」という、名の、分厚い、分厚い、鎧を。
いとも、たやすく、貫いた。
俺は、ゆっくりと、周りを、見渡した。
怒りに、顔を、歪ませる、親友。
声を、殺して、泣きじゃくる、幼馴染。
そして、絶望的な、悲しみで、俺を、見つめる、少女。
血と、泥に、まみれた、自分の、手。
どこまでも、続く、荒涼とした、死の大地。
何かが、おかしい。
何かが、間違っている。
俺たちが、求めていたものは、こんな、地獄では、なかったはずだ。
俺の、心の、一番、奥深く。
ずっと、蓋をして、鍵をかけて、見ないフリを、してきた、場所から。
一つの、単純な、しかし、根本的な、疑問が、ぽつり、と、湧き上がってきた。
それは、この世界に、来てから、俺が、初めて、自分自身に、問いかけた、言葉だった。
「…………俺たちは、一体」
俺の、唇から、こぼれ落ちた、その声は、あまりにも、か細く、そして、虚しかった。
「何のために……戦ってるんだ…?」
その、問いに、答えられる者は、誰も、いなかった。
ただ、風が、ヒュウ、と、俺たちの、間を、吹き抜けていった。
まるで、俺たちの、壊れてしまった、心を、あざ笑うかのように。
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