第3話

「これでよしっと」


「ありがとうございます。恋さん。お花のお手入れまでしてくださって」


「いえいえ。私が先輩に贈ったものですから」


愛おしそうに花を眺める彼女。慈愛に満ちた優しい表情だ。


「病院での生活にも慣れました?」


「ええ、なんとか」


「それはよかったです。」


「この前、“甘いものしばらく食べてない”って言っていたので──」


「どうぞ!クッキーを焼いてきました」


犬や猫の形をした、かわいらしいクッキーだ。


「あとは、こんなものも!」


箱型の保冷剤から出てきたのは──


「チョコのおうちです!」


立体的にチョコレートの家が積み上がっていた。


「す、すごい……!これを君が?」


「はい。私、パティシエの卵なので!」


「ありがとうございます……」


「あっ、えーっと。どうも。この量全部食べたらお医者さんに怒られちゃうと思うので、ぜひご家族でどうぞ」


「そう?じゃあ弟といただきますね」


「はいっ。私ってばついつい熱中しちゃって。先輩のこととなると……いつもゴメイワクかけてすみません」


──なんだろう。この感じ。


表面は優しくて、人当たりもいい。

だけどその内側には、芯のある熱さを持っている。

どこか弟の陸にも似ている気がする。


恋さんは、ペコペコと小さく頭を下げながらも、ふと見せる動きに嘘がない。

その人柄は、彼女の持ち物にも表れていた。


装飾が施されたスマホケースは、複雑な形にも関わらず塵一つない。

レースのハンカチには、10年前に母親からもらったという話を聞いた。

それでも今なお、くたびれもせず、きれいに折り畳まれている。


レースなんて、手入れが大変なもののはずなのに──


他人の目に触れるところは、誰でも気を使う。服とか、髪とか。

でも、彼女は違う。

見える場所も、見えない場所も。

持ち物のどれ一つとして、乱れていない。

まるでそれが、当たり前のことのように。


──ああ、きっとそういう人なんだ。


何も聞かなくても伝わる。

ものの扱い方が、人となりを語っている。


「……あの、ひとつだけ。聞きにくいことなんですが」


「はいっ!なんでも言ってください!私に答えられることなら!」


「……恋さんと僕は、どういう関係ですか?」


恋さんは、すっと表情を引き締め、それでも笑って答える。


「……どういう関係、ですか。」


「……」


声にならない声が彼女ののどを鳴らす。

そうだよな。

人と人がどんな関係だなんて当人すらわからないのだ。

あまり良い質問ではない。


「答えづらいですよね。無理しなくても」


「いいえ」


彼女はかぶりを振った。そして言葉を紡ぐ。


「そんな難しいことじゃありません。先輩後輩です」


「といっても、仲のいいですけどね!」


にこやかに。ごまかすように彼女は笑った。


……すこし意外だ。

彼女の態度からはどうしても。

ただの先輩後輩には思えない。u


私が先輩に会ったのは、高校生の時だ。


照り返すアスファルトのなか、部活でもないのに学校へ向かった。

理由は


「赤点の補習を始めるぞ」


補習だ。ただでさえ勉強ができないのに、無理やり学校でやらされるなんて憂鬱でしかない。


だからって、さぼるわけにもいかない。

補習監督は他学年でも怖いと噂の内山先生だ。スキンヘッドで強面。三年生の教務主任で、実は殺人をしたことがあるなんてゴシップが流れるくらい恐怖の象徴として生徒に広まっていた。


だから、そんな補習に遅刻する愚か者はそうそういないのだ。

だったら、休んだ方がマシ。

でも、彼は遅れてきた。


「おい、ヨウ。なんで遅刻してんだ」


制服をところどころ汚してきた少年。おそらく先輩だ。


「いやー犬を探してました」


……言い訳をするにも、もっとましなのがあるだろうに。

これはこっぴどく怒られるぞ。盗み聞きをするつもりはなかったが、補習は私と彼しかいない。嫌でも聞こえてしまう。


「……はあ。お前は。いいから座れ。その分課題増やしてやるからな」


「えええええ!いやですよ!」


だが、おしかりはあっさりだった。どの学年にも、先生と仲良くするのが上手な人はいる。

彼もそのタイプなのだろう。

第一印象は、そんな感じ。


「あ、うっちー。お子さん生まれたみたいですね。おめでとうございます」


「……おう。ありがとうな。嫁さんも待望の女の子で大喜びだ。」


「写真みせ「いいから今はやれ!」

内山先生のでデコピンが少年を襲った。


どことなく、不思議な雰囲気をまとった先輩であった。


補習も終わり。


「お前ら、明日も来いよ」

などと言って内山先生は教室に戻った。


なんとか終わった。


ささっと荷物を片付けて、先輩は帰宅をする。

なにとはなしに、目で追ってしまった。


「あ」


ドアを開けた拍子に、先輩の袖から何かが落ちた。

近づくと、ハンカチであることが分かった。

かわいらしい柄の、小さい子が好きそうなテイストだ。


「もういない……」


翌日。先輩にハンカチを渡した。


「ありがとう」


それが、先輩との初めての会話だ。


「妹さんでもいらっしゃるんですか?」


「いいや。昨日なんだけど。」


「迷子の犬を探してたんだ。通り掛けに泣いてる女の子がいてさ。リードが弾みでとれちゃったみたいで。」


あれって本当なんだと失礼ながら思った。

信じていなかった。が、今度は不思議と信じられた。

嘘のためにわざわざハンカチを用意するとは思えない。


「それでワンちゃん。茂みの中にいてさ。探すときに枝で肌を切っちゃったから、手当てしてくれたんだ。優しいよね。でも、ハンカチも弾みでとれちゃったんだね」


それは、用事があるのに人助けをしていたあなたもそうでないのか。

制服を汚してまで。用事に遅刻してまで。


……内山先生も、そんな親切な性格をわかっているから。

信用して、叱らなかったのだろうか。


彼は、先生と仲良くするのが上手なのではなかった。

彼を知るたびに、困っている人を放っていられない。

そんな人だとわかったのだ。


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