性的なことしか言わないヒロインが、恋にだけはガチで純情な件
海野源
第1話
「ねぇ悠真くん、今日って、誘ったら来ちゃう日?」
放課後の教室で、俺が黒板消してる最中に、それは唐突に投げられた。
「……どこにだよ」
「ベッドの上? あ、違う。ラブホなら、そっちのほうが……燃える?」
「お前なぁ……」
振り返ると、例の如く、姫原澪が机の上で脚を組んで俺を見ていた。
長い黒髪に、制服から覗く細い足。くるぶしを揺らしながらニヤついてる。
「てか今日、私、可愛くない? ワンチャンありそな日っていうかさ」
「毎日言ってるだろ、それ」
「うん。自己暗示って大事だし♡」
飄々とした態度に、思わずため息が漏れる。
姫原澪。
クラスの男子からは“性に奔放な天然小悪魔”みたいな扱いを受けてる。
エロい冗談を平然と言うし、距離もやたら近い。
けど、俺は思ってる。
(……この女、絶対、経験ないな)
澪が冗談を飛ばすとき、必ずどこかが震える。
語尾が不自然に軽かったり、目が泳いだり、手が袖を握ってたり。
「そろそろ、悠真くんの反応も鈍くなってきた気がするなぁ~」
「慣れたんだよ。ある意味で」
「えー、じゃあもう一段階刺激欲しい? なんなら今日ノーパンだけど?」
「だったらスカートめくるぞ」
「ちょっ、や、やれるもんならやってみろってんだ……ッ!」
頬を染めながら急に脚を閉じた。
言ってることと、反応が真逆すぎるんだよな。
だからつい、つぶやいてしまう。
「……お前、性的すぎて逆に処女じゃね?」
「ッ!?」
バチッと目が合った。
「な、なななにいきなり下品なこと言ってんの!? そういうのは私担当でしょ!?」
「今の、図星だったってことか」
「ち、ちがっ……そ、そもそも悠真くんは、私が誰と何したとか気になるわけ!? えっち!」
「誰と何したかより、お前が“誰とも何もしてない感”のほうが気になっただけ」
「~~~ッ!! だからそういうさぁ、反応困るやつやめて!? ふざけてんのかマジなのかわかんないやつ、禁止!!」
「お前が言うなよ、その代表格みたいな奴が」
「うぅ~~!!」
顔を真っ赤にして机に突っ伏す彼女を横目に、俺は軽く笑って窓を開けた。
風が、教室に入り込む。
澪はやがて、ぺたりと頬をつけたままボソリと言った。
「……悠真くんってさ、鈍感なの?」
「かもな」
「気づいてるくせに気づかないフリしてるの、なんかズルいよ」
「それ、どういう意味で言ってる?」
「言わない。言ったら負ける気がする」
「ふーん」
俺はあえて、何も深掘りしなかった。
そういうところだ。
たぶん澪は、本当はわかってる。
“自分のからかいの裏にある気持ち”が、ちょっとだけ俺にバレてるって。
だけど、バレたくない。
もしバレて、引かれたらどうしよう。
もし「そんなつもりじゃない」って笑われたら、たぶんもう、冗談も言えなくなる。
だから――俺も、気づかないフリをする。
ほんとはわかってるよ、澪。
お前が“好き”って言うのが怖くて、全部冗談にして逃げてるの。
でもそれって、たぶん本気だからだ。
だから今のこの距離感が、ギリギリでちょうどいい。
「ねぇ、悠真くん」
「ん?」
「……もしさ、私がほんとに好きって言ったら、どうする?」
「……そりゃもう、盛大にスルーするだろ」
「っ、ば、バカじゃないの!? なにその反応!?!」
「冗談だろ?」
「……え?」
「お前が言うことなんて、だいたい冗談だし」
「………………そっか」
ぽつりとこぼしたその言葉に、ほんの少しだけ寂しさが混ざっていた気がした。
でも、俺はあえて拾わない。
今はそれでいい。たぶん、それが優しさだ。
「じゃあまた明日な、ドスケベヒロインさん」
「ちょ、やだその肩書き!?!?!」
──そして帰り道。
澪は一人、スマホを握りしめていた。
画面には“片桐悠真”の連絡先。
「……バレてる気がする。
てか、たぶんバレてる。
ううぅぅぅうう!! なんであの人あんなに余裕なのぉ……!!」
膝を抱えて唸る女子高生、恋愛偏差値マイナス100。
でもその顔は――
どこか、少しだけ嬉しそうだった。
To be continued…
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性的なことしか言わないヒロインが、恋にだけはガチで純情な件 海野源 @gen39
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