第36話:伝説の二刀流、希望を繋ぐ
あれから、数年が経った。
雄太は、投手としての現役は引退したものの、
打者としては、その後も長く活躍を続けた。
彼のバットから放たれる打球は、
衰えることを知らず、
数々の記録を打ち立て、
プロ野球史にその名を刻み続けた。
彼の打者としての輝きは、
投手としての伝説と並び称されるほどになった。
そして、彼がグラウンドを去った後も、
彼の野球への情熱は、決して尽きることはない。
佐々木コーチと共に、
少年野球の指導に力を注いでいる。
小さな子供たちが、
彼の周りに集まり、
キラキラした目で彼の話を聞いている。
その姿は、私にとって、
何よりも温かく、尊い光景だった。
ある日の午後。
私は、雄太と子供と共に、
少年野球のグラウンドにいた。
五月の風が、頬を優しく撫でていく。
その風に乗って、
土と、若草の、混じり合った香りがした。
子供たちの元気な声が、
グラウンドいっぱいに響き渡る。
雄太は、子供たちに、
バッティングの基本を教えていた。
彼の顔には、汗が光り、
その笑顔は、どこまでも穏やかで、
満ち足りていた。
ああ、なんて眩しい人だろう。
私たちの子供が、
キラキラした目で雄太を見上げた。
小さな手には、使い古された野球ボールが握られている。
「お父さんも昔は凄かったの?」
無邪気に尋ねる声が、
グラウンドに響き渡る。
その問いに、雄太は優しく微笑んだ。
その笑顔は、私にとって、
何よりも愛おしいものだった。
「じゃあ、お父さんみたいに、打ってみるか?」
雄太が、子供にバットを渡し、
小さなボールを軽くトスした。
子供の目は、真剣そのものだ。
雄太の教えを、一言も聞き漏らさないように。
カキン!
小さなバットが、
ボールの芯を完璧に捉えた。
乾いた、けれど澄んだ音が、
青空いっぱいに響き渡る。
ボールは、小さな放物線を描き、
あっという間に外野のフェンスを越えていった。
子供のホームラン。
いや、それは、
大人から見ればただの遠いフライかもしれない。
けれど、その一打は、
間違いなく子供の全力と、
雄太の教えの結晶だった。
子供は、目を丸くして、
打球の行方を見つめていた。
そして、ゆっくりと、雄太に顔を向ける。
雄太もまた、
目を見開いて打球を見送った後、
子供に満面の笑顔を向けた。
「すごいぞ!ホームランだ!」
彼の声は、喜びと、
そして、誇らしさに満ちていた。
その光景を見た瞬間、
私の目からは、熱いものが溢れ出した。
涙が、止まらない。
雄太の野球が、
彼の夢が、
こうして、私たちの子どもに、
確かに受け継がれている。
その事実が、私には何よりも嬉しかった。
雄太は、マウンドの向こうに広がる、
青い空を見つめた。
その瞳の奥には、
彼の野球人生の全てが詰まっているようだった。
彼の肩は、もう投げられない。
けれど、その顔には、
後悔の色は一切ない。
ただ、穏やかな笑みが浮かんでいる。
(あのファミレスで、泣き崩れた夜を、
私は忘れない。もう二度と、
彼の苦しむ姿は見たくないと、
そう誓った。
あの時、握りしめた彼の冷たい指先が、
今はこんなにも温かい。
彼の肩の古傷も、もう痛まない。
あの日々が、全て、
この瞬間のためにあったのだと、
今ならそう思える。)
「ああ、そうだなぁ……」
雄太の声は、青空に吸い込まれるように、
どこまでも澄み渡っていた。
「誰かが言ってたんだ。
夢ってのは、見ている時も素晴らしいけれど、
見終わった後、その夢を誰かに語り継ぐのが、
本当の始まりなんだってな。」
彼の言葉は、彼の野球人生そのものだった。
その言葉が、私の心に深く響く。
彼が「投げ続ける」ことの意味を見出した人生は、
沢村賞という栄誉を超え、
真の幸福と希望に満ちていた。
彼の二刀流への挑戦は、
都市伝説のように語り継がれ、
多くの人々に勇気を与え続けている。
その全てを、私は彼の隣で見てきた。
喜びも、苦しみも、挫折も、再起も。
その全てが、私にとって、
かけがえのない宝物だ。
私の人生は、彼の隣で、
こんなにも輝くことができた。
時折、会社の元同僚たちが、
たまたま近所に用事があったついでに、
グラウンドに顔を出してくれる。
山下先輩が、少し照れくさそうに
「お、お前、まだこんなところで野球やってんのか」
と声をかけると、
雄太は満面の笑みで答える。
そして山下先輩は、
まるで独り言のように、しかし確かな声で言った。
「まったく、心配させやがって。
まだ お前の机は開けてあるからな。
いつでも戻ってきていいぞ。」
その言葉に、雄太は深く頭を下げた。
彼らの間に流れる、
不器用だけど温かい絆に、
私はまた心が温かくなった。
彼の頑張りが、こんなにも多くの人を巻き込み、
温かい繋がりを作り出している。
感謝の気持ちが、胸いっぱいに広がる。
鈴木さんもまた、
時折、グラウンドを訪れることがあった。
彼は、雄太の指導を見つめながら、
静かに、しかし深い眼差しを向けていた。
二人の間には、言葉は少ないけれど、
互いを深く理解し合う、
確かな絆がある。
彼もまた、雄太の存在によって、
自分の野球人生を、
より豊かなものにできたのだろう。
佐々木コーチは、
いつも雄太の隣にいて、
笑顔で子供たちを見守っている。
彼の支えがなければ、
雄太はここまで来られなかった。
感謝しても、しきれないほどだ。
私は、雄太の隣で、
子供の頭をそっと撫でた。
小さな手のひらが、
私の指先に触れる。
未来を担う子供たちに、
雄太は自身の経験と、
決して諦めない心の大切さを伝え続けるだろう。
彼の言葉は、彼らの心に、
希望の種を蒔いていく。
そして、私たちが共に歩んだこの伝説は、
彼がグラウンドに立つ限り、
永遠に語り継がれていく――。
夕焼けが、グラウンドを茜色に染めていく。
雄太が、私と子供の手を繋ぐ。
彼の温かい掌が、私の手をそっと包み込む。
その確かな感触が、私たちの絆の深さを、
何よりも雄弁に物語っていた。
私たちは、固く手を繋ぎ、
ゆっくりと、グラウンドを後にする。
子供の小さな手が、雄太の大きな手に包まれ、
その手のひらから、
未来への確かな希望が伝わってくる。
アオハルに還る夢。
その夢は、今、確実に、
私たちの目の前で、眩しく輝き続けていた。
それは、終わりのない、
永遠に続く物語。
雄太の輝きは、夜空の星々をも凌駕し、
未来へと、希望を繋いでいく。
そして、その夢の隣には、
明日も、明後日も、
いつだって、私がいる。
この温かさこそが、
永遠に続いていく、私たちの「アオハル」なのだ。
アオハルに還る夢 〜私が泣いたプロ野球二刀流の復活〜 五平 @FiveFlat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます