《転生して雪風に:操舵手となった俺の太平洋戦記》
@usako777
プロローグ「雪風、出撃せり」
1941年(昭和16年)12月12日――。
夜明け前の海は、墨を流したように黒かった。
南方作戦の一環として、帝国海軍はフィリピン・レガスピへの上陸作戦を開始。
その支援部隊に属する駆逐艦「雪風」は、洋上を静かに滑るように進んでいた。
「前部砲旋回、左30度……距離、確認よし」
飛田健二郎・中佐――雪風艦長は、冷静な口調で命令を下していた。
その隣で、眼鏡をかけた士官が命令を復唱する。
艦橋には緊張が走っている。
初陣とはいえ、ここは敵の制空圏下。
米軍の偵察機が頭上をかすめるように飛び、P-40ウォーホーク戦闘機が近くの波頭を掠めるように飛行していた。
そんな中――。
「……っ!? どこだここ……!」
操舵手の一人が、突然うめくように叫んだ。
いや、それは操舵手“伊豆涼介 少尉”――ではない。
中身は令和を生きていた35歳の元自衛官、田中宏だった。
彼は数時間前まで、横浜中華街の裏通りでタクシーの運転席に座っていた。
雨音、赤い灯篭、車内にかすかに流れていた演歌のラジオ――それが最後の記憶だった。
気がつけば、ここは1941年の南方海域。
目の前に広がるのは鋼鉄の艦橋。
手には、見覚えのない舵輪が握られていた。
「伊豆少尉、敵機警戒を! 機関全速、左へ回頭!」
咄嗟に反射で舵を切る。
身体が勝手に動いた。
いや、違う。
これはこの体の記憶だ。
田中宏としての自我の奥底から、“伊豆涼介”としての技能が流れ込んでくる。
――俺は、雪風の操舵手……?
混乱と戦慄の中、彼の目に映ったのは、艦の左舷をかすめて飛び去る米軍機の姿だった。
機銃の音が鼓膜を撃つ。
甲板で火花が散り、誰かの悲鳴が上がる。
「重油タンク、被弾! 火災発生! 軽傷者、6名!」
「落ち着け! 爆発はない! 魚雷管、損傷のみ!」
飛田艦長の声が轟く。
その中で、伊豆少尉――いや、田中宏は確信した。
「これ……本当に戦争の中にいるんだな……」
血と煙の匂い。
機械油の焼ける臭い。
熱い舵輪。
そこには、これまで知っていた“ミリタリーごっこ”とは次元の違う現実があった。
これは演習ではない。
――これは“戦争”だ。
そして、自分はその中で「雪風を操る者」として、生きねばならない。
---
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます