第3話 主導権
あれからさらに時が過ぎた。
(・・・暇だな)
俺は自分を乗っ取った奴がやる事を眺めながら途方に暮れる。
(それにしても、こいつ魔物と戦ってばかりだな)
高笑いを上げながら迷いなく魔物を殺しまくって進む俺を操る奴の姿を見ながら溜息を吐く。
魔物を殺し、腹が減ったら喰らい、眠くなったら寝る。
そんな生活をずっとしていた。
(最初は魔物を喰っている姿は慣れなかったが意外となれるものだな)
俺は、改めて自分の適応能力に呆れる。
(というか、魔物って喰っても平気な奴が結構いるんだな)
食用の魔物はいることは知っていたが、俺が知る限り俺が操っている奴は選り好みせずに魔物を喰らっている。
それでも体調が悪くならないということは食べても問題ないということだろう。
(何故か分からないが味覚や嗅覚は感じられないのは助かったな・・・特に嗅覚・・・)
俺は俺が知る限り、水浴びもしていない奴を見て匂いが感じられないことにほっとする。
(・・・ん?)
俺はこの時ようやくいつもと違う事に気が付いた。
『何だぁ、お前は?』
俺を操っている奴が、立ち止まり突如現れた人物に対して声を掛ける。
その者は全身に銀色の甲冑を着込んでいた。
そのため、性別は分からないが身長は俺より少し高い位であった。
全身甲冑が剣を抜き放ち、くぐもった声で聞き覚えのない言葉を掛けてきた。
「お前が、魔人だな?」
(魔人だと?)
俺の疑問を反芻するように奴が言う。
『魔人だぁ?』
目の前の人物が剣をこちらに向ける。
「問答は無用だ。その風体、間違いない。成敗させて貰う」
(お・・・おい、これって不味いんじゃないか?)
剣を突きつけられたのは厳密には俺ではないがそれでも伝わるプレッシャーに焦りを感じる。
『人間風情が我に挑むか。ほぅ。面白い』
奴が構えを取る。
「・・・」
会話は不要とばかりに沈黙する全身甲冑。
どちらから始めたのか、直ぐに戦いの火蓋が切って落とされた。
『・・・中々、愉しめたぞ』
戦いが終わり、立っていたのは奴であった。
全身甲冑は奴によって血まみれになって木を背にして座り込んでいた。
「・・・殺せ」
もはや腕を上げることも出来ないのか、全身甲冑がか細く奴に言う。
『言われなくとも殺してやる』
ゆっくりと近づきながら奴が言う。
(まずい・・・まずいぞ、このままでは人を殺してしまう)
俺はかなり焦っていた。
勝手な思い込みだったが、奴は魔物しか殺さないのだと思っていた。
長い間、奴の行動を見てきたが人間に関わるようなケースは今まで一度も無かった。
だから、人間に手にかけたりはしないのだと考えていたのだ。
だが、今まさにそれが思い込みだったということが証明されようとしていた。
『人間の癖に中々強かったぞ』
俺は奴の言葉を聞いて、ようやく理解した。
(人間を相手にしなかったのは単に下に見ていただけだったということか)
一人納得している間にも全身甲冑の前に立った奴はゆっくりと拳を振り上げる。
(まずい・・・止まれ、止まれぇぇぇぇ!!!)
俺は初めて本気で体の主導権を握ろうと出来る限りの思いを込める。
『死ね』
俺の思いも虚しく、振り下ろされる拳。
(くそったれぇぇぇぇぇ!!!)
俺は現実から目を逸らせたくて、思い切り目を瞑った。
辺りは静寂によって支配されていた。
(・・・一体どうなったんだ?)
俺は恐る恐るゆっくりと瞼を上げる。
まず真っ先に目に入ってきたのは振り下ろした自分の拳であった。
甲冑でさえもやすやすと破壊する威力を持った拳が全身甲冑の眼前で静止していた。
(ほっ・・・よかった。だが、どうしてだ?)
安堵したのもつかの間、ひとまず拳を引き戻す動作をする。
すると、自分のイメージよりも早く拳が引き戻された。
「はっ?」
俺は、あり得ない現象に間の抜けた声を上げる。
そして、次の瞬間。
「臭すぎる」
遅れてやってきた強烈な異臭に慌てて自身の指で鼻をつまむ。
「って、戻ってるっ!!」
俺は自身のほっぺたをつまむ必要も無く、強烈な異臭のお陰で自分の体の主導権を戻す結果になったことに気づき大きな声を上げた。
「しかし・・・どうしたもんかな」
久々に元に戻った体の具合を確かめた後、俺は目の前に倒れている全身甲冑を見下ろしながら呟く。
どうやら意識を保てなくなったのか、倒れ込んでしまったみたいだ。
「素人目で見た限りだが、致命傷はなさそうだな・・・」
俺はすっかりと板についた独り言を言いながら全身甲冑の怪我の具合を確かめる。
正直に言ってあれだけの戦いを経てもこの程度の怪我しかないことにはっきり言って驚きしか無かった。
「・・・このまま放置したら魔物に殺されるよな・・・」
正直言って自分?というか俺の体を狙って来た相手を介抱する必要は無かったが、このまま放置しても寝覚めが悪いという結論に至った。
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